歌舞伎座4月公演 夜の部

 

 歌舞伎座4月公演、夜の部は祝典気分に溢れた昼の部とは違って、深みと見所に満ちた演目、「実盛物語」「黒塚」「二人夕霧」の3本であった。

 「実盛物語」では片岡仁左衛門が光る。太郎吉を演じた寺嶋眞秀が素晴らしい演技で全体を盛り上げた。中村米吉、市川萕入、片岡松之助が好演。

 「黒塚」は救いを求めんとする老女が喜びの束の間、自らの家の中を覗かれたことへの怒りゆえ、鬼の本性を現してしまったという悲しい業を描く。市川猿之助、中村錦之助、中村種之助、中村鷹之資が素晴らしい舞台を作り上げた。

 「二人夕霧」は中村鴈次郎、片岡孝太郎、坂東弥十郎、片岡萬太郎、市川団蔵、中村東蔵、中村魁春、片岡千之助が素晴らしい人情劇をみせ、名人の味に満ちたものにした。ベテランの名人芸を堪能できた。

 5月は団菊祭。どんな舞台になるか。

 

 

歌舞伎座4月公演 昼の部

 

 歌舞伎座4月公演、昼の部は改元、坂田藤十郎米寿記念の演目、「新版歌祭文」、「鈴ヶ森」の4本で祝賀的な面を強く打ち出していた。

 改元に伴う「平成代名残絵巻」は平氏の栄華の頂点となった平徳子入内の祝い、源氏再興への道筋を絡ませたもので、市川男女蔵、市川笑三郎、中村吉之丞、市川笑也、坂東巳之助、中村壱太郎が艶やかな踊りを見せた。中村児太郎、中村福助が源氏再興に懸ける常盤御前、義経親子を見事に演じた。片岡市蔵、河原崎権十郎、坂東弥十郎、市村竹松、市川男寅がしっかり支えた。源平合戦を予見したもので、見所十分だった。

 「新版歌祭文」は難波の座摩神社の場、野崎村との上演で、野崎村の悲劇をかえって際立たせたものになり、意義深い上演だった。中村又五郎が丁稚、久松を陥れる悪手代を見事に演じた。それが野崎村の悲劇を深く印象づけた。中村時蔵演ずる、純真な村娘お光、中村雀右衛門演ずる、艶やかな町娘お光とのコントラストが強くにじみ出て、ドラマを盛り上げた。中村錦之助の久松も光る。

 「寿栄藤末広」は坂田藤十郎米寿(88歳)記念で、祝祭的、かつ華やかさが際立った。「鈴ヶ森」は尾上菊五郎、中村吉右衛門の名人芸を堪能できた。

 演目のバランスとしては、いささか長かった。3時50分終演では入れ替えが窮屈になる。せめて、3時30分終演の方がかえって落ち着くだろう。

 

 

歌舞伎座3月公演 夜の部

 

 歌舞伎座3月公演、夜の部は「盛綱陣屋」「雷船頭」「弁天娘女男白波」の3本だった。

 「盛綱陣屋」は大阪の陣を基にしたもの。片岡仁左衛門が光る。佐々木盛綱の苦悩を見事に演じた。片岡秀太郎、片岡孝太郎、中村雀右衛門の演技も悲劇に深みを与えた。中村歌六の威厳ある北条時政も素晴らしい。中でも市川左団次演ずる和田兵衛秀盛は渋みのある演技だった。

 「雷船頭」は松本幸四郎、中村鷹之資がユーモラスな中に味わい深い江戸情緒たっぷりの演技を見せた。雷が客として吉原へ行くとは江戸の粋だろう。

 「弁天娘女男白波」は松本白鷗、松本幸四郎、市川猿之助、中村亀鶴、市川笑也、嵐橘三郎、大谷友右衛門という豪華な顔ぶれが見所だった。「白波五人男」がそろいの小袖、傘を手に名乗りを上げる場面は壮観であった 。

 4月も見所満載の演目が並ぶ。楽しみである。

 

 

 

歌舞伎座3月公演 昼の部

 

 歌舞伎座3月公演は珍しい演目が並び、見所満載の内容。「女鳴神」「傀儡師」「傾城反魂香」であった。

 「女鳴神」は歌舞伎十八番「鳴神」を女に置き換え、戦国時代、織田信長に滅ぼされた松永弾正久秀の娘が打倒信長に燃え、国中の竜神・雷神を封じ込め、人々が干ばつに苦しんでいる。そこへ雲野絶間之助がやってくる。それはかつての許婚であった。しかし、信長の家臣となり、注連縄を切り、干ばつから救い出す。片岡孝太郎、中村鴈次郎が見事に演じ、見ごたえ十分であった。

 「傀儡師」は多くの踊りを見せる大道芸人で、松本幸四郎のユーモラス溢れる踊りが光った。

 「傾城反魂香」は近江の大名六角氏の御家騒動をもとにした「高嶋館」「館外竹藪」「将監閑居」からなる。歌舞伎座でこの3つの場全体の上演は初めてとはいえ、松本幸四郎、中村米吉、市川笑三郎、市川猿弥、中村鴈次郎、片岡孝太郎をはじめ、要となった片岡松之助、坂東弥十郎、松本白鷗と市川猿之助が素晴らしい舞台を見せた。最後の場面での又平の自画像の場面、長い沈黙の後、素晴らしい画業を賞賛され、土佐光起の名を受けるまでが見せ場であった。松本白鷗と市川猿之助がそれに応えた演技が光った。

 夜の部も見所満載、楽しみである。

 

 

 

 

歌舞伎座1月公演 夜の部

 

 2019年、歌舞伎座1月公演、夜の部。「絵本太功記 尼崎蟄居の場」「勢獅子」「松竹梅湯島掛額」の3本を取り上げた。

 「絵本太功記」は明智光秀が織田信長を倒した本能寺の変を基にしたもので、中国大返しで京都へ引き返してきた羽柴(豊臣)秀吉と対峙することになる。嫡男十次郎には許婚初菊がいる。夫婦の杯を交わして初陣に向かう姿、旅の僧に姿を変えた秀吉。竹槍で母を殺すこととなった光秀。その悲劇を中村吉右衛門、松本幸四郎、中村東蔵、中村雀右衛門、中村米吉が見事に演じた。姿を変えた秀吉、加藤清正が現れる場面では中村歌六、中村又五郎が華を添えた。

 「勢獅子」は新春に相応しい。手締めも入り、和やかな舞台だった。「松竹梅湯島掛額」は八百屋お七の史実に基づく。お七と吉三郎の恋心を軸に横恋慕する源範頼、武兵衛、お七の友人たち、紅屋長兵衛たちが入り乱れてはお七を守り、吉三郎が探していた短刀を探し出したお七が届けにいく。中村七之助、中村梅花をはじめ市川猿之助、松本幸四郎などが見事に演じた。お七が火の見やぐらの太鼓を打つまでの場面は見所十分だった。

 13代目団十郎誕生など、話題豊富な歌舞伎界。期待しよう。

 

 

 


歌舞伎座1月公演 昼の部

 

 歌舞伎座1月公演、昼の部は新春に相応しい演目4本。見所満載だった。まず「舌出三番叟」中村魁春、中村芝翫の息の合った舞踊で幕あけとなった。1年の無病息災を祈る心に溢れていた。「吉例寿曽我」新春の歌舞伎公演には仇討ものが必ず出る。「曽我兄弟」も有名な仇討の一つで、父の敵工藤祐経を狙う曽我兄弟が春駒に身を変えてやってくる。そこへ案内したのが舞鶴。しかし仇討を止める。祐経の妻、椰の葉御前が現れ、富士の巻き狩りへの通行手形を与えて幕となる。中村七之助、中村芝翫の息の合った演技、中村児太郎の素晴らしい演技が光る。中村福助の気品ある演技が全体を引き締めた。

 「廓文章 吉田屋」は勘当された大店の息子と遊女の恋物語。中村東蔵、片岡秀太郎の味わい深い演技が全体を引き締めて行く。松本幸四郎、中村七之助が見事な演技を見せた。最後、めでたく夫婦となって勘当も解け、めでたい新春となる。人情芝居の傑作だろう。

 「一条大蔵卿」松本白鷗が見せた。阿保を装い、源氏再興を願う貴族を見事に演じた。中村魁春の常盤御前、吉岡後胤を演じた中村梅玉、お経を演じた中村雀右衛門も光る。松本錦吾の悪家老、その妻を演じた市川高麗蔵の味に満ちた演技も華を添えた。

 2019年の歌舞伎界、13代目市川団十郎誕生に湧く新春、中村福助の歌右衛門襲名もあるかもしれない。そんな期待が

湧き上がってくるだろう。

 

 

歌舞伎座9月公演 秀山祭 夜の部

 

 歌舞伎座9月公演、秀山祭、夜の部は「松寿操り三番叟」、「平家女護島 俊寛」、「幽玄」の3本であった。

 「松寿操り三番叟」は松本幸四郎のコミカルな演技が光る。人形の三番叟としての滑稽さ、ユーモアが滲み出ていた。

 「平家女護島 俊寛」は中村吉右衛門の俊寛が絶品、藤原成経の妻となった千鳥の代わりに喜界島に残り、船を見送る幕切れの演技が見ものだった。尾上菊之助の藤原成経、中村錦之助の平康頼も光った。中村又五郎の瀬尾康兼、中村歌六の丹座衛門元康の演技も全体を引き締めた。

 「幽玄」は坂東玉三郎による新作舞踊、太鼓芸能集団、鼓童による太鼓の響きと舞踊との結合は歌舞伎の新しい可能性を追求したものとなった。「羽衣」、「道成寺」は坂東玉三郎の独断場だった。「石橋」「道成寺」は歌舞伎では人気がある。前者は「連獅子」、後者は「京鹿子」の後に娘、二人、男女など、様々なかたちで演じられている。「石橋」は5人の獅子が登場、連獅子を思わせるかのようであった。「道成寺」では蛇体となった清姫の姿を露わにしていた。玉三郎は歌舞伎で人気のある出し物の本質に迫った、新しい解釈による舞踊を作りだしたと言えよう。

 10月は芸術祭、中村勘三郎7回忌追善記念となる。こちらも楽しみである。

 

 

歌舞伎座9月公演 秀山祭 昼の部

 

 歌舞伎座9月公演、秀山祭、昼の部は「金閣寺」、「鬼揃紅葉狩」、「天衣粉上野初花 河内山」の3本であった。

 「金閣寺」は、室町幕府13代将軍、足利義輝を殺害した松永大善を尾上松緑が見事に演じた。狩野之介直信の妻、雪姫。中村児太郎の素晴らしい演技が光る。NHK大河ドラマ「西郷どん」では孝明天皇を演じ、新境地も開いた。進境著しい姿をうかがわせるものがあった。中村梅玉の真柴筑前守久吉(豊臣秀吉)、坂東弥十郎の佐藤虎之助正清が華を添えた。最大の見どころは5年ぶりの舞台復帰となった中村福助の慶寿院だろう。その姿には多くの観客の拍手が巻き起こった。歌右衛門襲名が実現してほしい。

 「鬼揃紅葉狩」は中村錦之助、松本幸四郎の共演が見もの。戸隠山の紅葉を堪能、山を下ろうとする平維茂と従者の前に現れた更科の前と侍女たち。紅葉を眺め、宴に誘われ、舞に見入るうちに寝入っていく。その正体は戸隠山の鬼女だった。艶やかさと恐ろしさ。それが見事に描かれていた。

 「天衣粉上野初花 河内山」は中村吉右衛門の素晴らしい話術が観客を惹き付けた。中村魁春、中村歌六の話芸もさることながら、中村歌昇、中村又五郎の話芸が見せ所となった。松本幸四郎もこれに応じ、見せ所一杯の舞台となった。最後の「馬鹿め」が一層重みあるものとなった。

 何よりも、5年ぶりに舞台復帰した中村福助の歌右衛門襲名実現に期待しよう。

 

 

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歌舞伎座5月公演 団菊祭 夜の部

 

 歌舞伎座5月公演、団菊祭、夜の部は「弁天娘女男白浪」、「鬼一法眼三略巻」、「喜撰」の3本を取り上げ、上演時間のバランスもよかった。

 「弁天娘男女白浪」は尾上菊五郎、市川海老蔵を中心に尾上松禄、尾上菊之助市川左団次による白浪五人男名乗りの場は素晴らしい。片岡市蔵、市川九團次、大谷廣松が好演、中村梅玉、坂東秀調、河原崎権十郎の存在感ある演技が華を添えた。

 源平ものを扱った「鬼一法眼三略巻」は市川団蔵、尾上松禄、中村時蔵、中村児太郎の演技が光った。坂東亀蔵も好演だった。

 最後の「喜撰」、尾上菊之助、中村時蔵の絡み合いが素晴らしい。弟子たちが加わって、相応しい締めくくりとなった。6月も見所満載、期待しよう。

 

 

歌舞伎座5月公演 団菊祭 昼の部

 

 歌舞伎座5月公演、団菊祭、昼の部は「雷神不動北山桜」、「女伊達」の2本を取り上げた。

 「雷神不動北山桜」は2014年12月、市川海老蔵が「毛抜」「鳴神」「不動」の3つを合せ、一つの劇として上演したもので、今回の上演は海老蔵の成長ぶりをうかがわせた。天皇の世継ぎだった早雲王子が帝位につかんとする陰謀をもとに陰陽師、安倍清行、条治弾正、鳴神上人、不動明王と姿を変えて演ずる。性格描写も素晴らしく、松島市蔵、市川九團次、大谷友右衛門、中村錦之助、坂東家橘、尾上松也、中村児太郎、中村雀右衛門、市川團蔵、坂東彦三郎、大谷広松、尾上菊之助も素晴らしい演技を見せた。

 「女伊達」は中村時蔵が光る。中村種之助、中村橋之助も進境著しい。夜の部には「弁天娘女男白波」も見どころ十分、楽しみである。

 

 

歌舞伎座4月公演 夜の部

 

 歌舞伎座4月公演、夜の部は「絵本合法衛」、片岡仁左衛門一世一代による上演であった。1992年3月、片岡孝夫の頃から演じ続けた左枝大学之助、立場の太平次の2役を今回で最後にしたいとのこと、演技に力がこもっていた。高橋瀬座衛門、高橋弥十郎を演じた坂東弥十郎、うんざりお松、皐月を演じた中村時蔵もこれに応じ、素晴らしい舞台を見せた。中村錦之助、片岡孝太郎、市村萬次郎、片岡松之助も光る。

 お家乗っ取りをテーマにした鶴屋南北の名作は1656年、加賀前田家の御家騒動がもとになっている。1804年初演、幕末まで上演され続けたものの、明治期に入ると上演が少なくなり、1965年、初代松本白鷗による復活上演をはじめ、1980年、現松本白鷗が手掛け、1992以降、片岡仁左衛門が5度にわたって手掛けている。新橋演舞場、国立劇場での2度にわたる上演、大阪松竹座での上演で、歌舞伎座では初めてとなる。仁左衛門自身、これで打ち止めという意味で歌舞伎座での上演となったことは淋しい。しかし、千秋楽となるとカーテンコールとなり、スタンディング・オベーションとなったことは大きい。

 今後、歌舞伎座でも上演回数の少ない演目をどんどん取り上げてほしい。国立劇場だけの役割ではないはずである。

 

 

歌舞伎座4月公演 昼の部

 

 歌舞伎座4月公演は昼、夜と共に上演回数の少ない作品を取り上げた、見所いっぱいの内容だった。明治150年記念として「西郷と勝」、「表裏先代萩」を取り上げた。

 江戸城無血開城をめぐる勝海舟と西郷隆盛との会見を取り上げた「西郷と勝」は、坂東彦三郎、中村錦之助が光る。殊に傑出していたのが尾上松緑である。一人の犠牲も出さずに、平和裏の内に開城せんとする西郷の心境を赤裸々に演じ、役者としての進境著しいところを見せた。それが、勝海舟の心も動かした。勝も外国の干渉を恐れ、平和にことを収め、新しい世への橋渡し役となる。

 明治維新後、西郷は西南戦争で敗死、勝も明治政府に取り立てられ、生き延びることとなった。歴史の皮肉だろうか。

 「表裏先代萩」は仙台藩、伊達家の御家騒動をもとにしたもので、「伽羅先代萩」が知られている。これは文政3(1820)年初演で、仁木弾正、政岡が「表」、町医師大場道益と下男小助が「裏」といったパロディー版と

なっている。大場道益、宗益兄妹は仁木から200両を受け取り、足利の跡取、鶴千代を毒殺せんとして毒を調合

する。一方、下駄屋に奉公する娘、お竹を手を出す道益。下男小助は200両を狙う。道益を殺し、金をせしめてほくそ笑む。鶴千代を守らんとする政岡、その一子千松。そこへ山名宗前の正室、栄御前が見舞いの菓子を持って来るが、道益の毒があった。千松が身代わりになって犠牲となる。敵の八汐を討ち取る。お家乗っ取りを企む仁木弾正の企みは、小助の道益殺しがきっかけとなって明るみとなり、鶴千代の家督相続も実現する。

 尾上菊五郎が仁木、小助を見事に演じた。中村時蔵の政岡も光る。尾上松緑、中村錦之助、中村東蔵、坂東亀蔵も舞台を盛り立てた。上演バランスも十分だった。

 今後、歌舞伎座でも上演回数の少ないものをどしどし取り上げ、演目を増やしてほしい。

 

 

歌舞伎座3月公演 夜の部

 

 歌舞伎座3月公演、夜の部は「坂東玉三郎の世界」というべき、魅力あふれる素晴らしい舞台であった。「於染久松色読販」、「神田祭」、最後は自ら演出した「滝の白糸」の3本であった。

 「於染久松色読販」は悪女の妖気漂う演技で見せる。片岡仁左衛門演ずる夫喜兵衛も見事。坂東彦三郎、中村錦之助がそれ以上に見事な立ち回りを見せた。「神田祭」は玉三郎、仁左衛門の世界だろう。

 演出に回った「滝の白糸」は、中村壱太郎、尾上松也を中心に坂東彦三郎、中村吉之丞、坂東秀調、中村米吉、中村歌女之丞、中村歌六などが見事なドラマを作り上げた。裁判所の場面での尾上松也の迫真の演技が心に残った。若手育成にいそしむ玉三郎の姿を垣間見た。

 全体としてはバランスの取れた演目配分だった。

 

 

歌舞伎座3月公演 昼の部

 

 歌舞伎座3月公演、昼の部は「国姓爺合戦」から「獅子ヶ城楼門」「獅子ヶ城内甘輝館」「紅流し」、「男女道成寺」、「芝浜皮財布」の3本であった。

 「国姓爺合戦」は明朝再興に尽力した鄭成功の実話に基づく、近松門左衛門の名作。片岡愛之助、中村芝翫をはじめ、片岡秀太郎、中村扇雀が素晴らしい舞台を作り上げ、ドラマを盛り立てた。「男女道成寺」は先代中村雀右衛門7回忌追善狂言としての上演、中村雀右衛門、尾上松緑が光った。「芝浜皮財布」は中村芝翫が新境地を見せた。落語に基づくドラマを面白おかしく、また哀歓を込めつつ演じた。片岡孝太郎の迫真の演技が、浜で拾った皮財布を「夢」といって、夫に真面目に働くよう諭す場面は素晴らしい。嵐吉三郎、中村梅花、坂東弥十郎が全体をしっかりまとめた。

 終演時間が午後3時30分、バランスのとれた上演だった。

 

 

歌舞伎座2月公演 高麗屋3代襲名披露 夜の部

 

 歌舞伎座2月公演、高麗屋3代襲名披露、夜の部は「一谷媺軍紀」より「熊谷陣屋」、「寿三代歌舞伎賑」、「仮名手本忠臣蔵」より「祇園一力茶屋の場」の3本であった。

 「熊谷陣屋」では松本幸四郎、中村魁春、中村雀右衛門、尾上菊五郎が光る。市川左団次が最後を引き締めた。名脇役の味のある演技はいつ見ても素晴らしい。

 「寿三代歌舞伎賑」は口上を兼ね、江戸風情の伊達男、伊達女をはじめ、幹部俳優たちが顔をそろえ、めでたい祝典劇となった。

 「祇園一力茶屋」では、遊興にふけりながらも討入りを志す大星由良之助を演じた松本白鷗の独断場である。力弥を演じた市川染五郎は大器の片鱗を見せた。尾上菊之助のお軽、市川海老蔵の寺岡平右衛門も見事。2か月にわたる襲名披露公演の締めくくりとなった。

 

 

歌舞伎座2月公演 高麗屋3代襲名披露 昼の部

 

 歌舞伎座2月公演は、1月に引き続き、高麗屋3代襲名披露公演で「春駒祝高麗」、「一条大蔵卿」、「暫」、「井伊大老」の4本を取り上げた。

 「春駒祝高麗」は曽我兄弟の仇討を基にしたもの。中村錦之助、中村芝翫が素晴らしい。「一条大蔵卿」は松本幸四郎の「作り阿保」、勇壮な武将ぶりが見事だった。尾上松緑、片岡孝太郎の吉岡夫婦、中村歌六の悪家老、家老の妻を演じた片岡秀太郎、常盤御前の中村時蔵が素晴らしい舞台を見せた。

 「暫」は市川海老蔵の独断場だった。最後の「井伊大老」、1860年3月3日、江戸城桜田門前で水戸浪士の刃に倒れている。その前日、3月2日の井伊を描いた名作。市川高麗蔵の正室昌子、中村梅玉の長野主膳が光る。中村雀右衛門のお静の方、中村歌六の仙英が翌日の悲劇を暗示するかのような、素晴らしい演技を見せた。圧巻は中村吉右衛門の井伊直弼である。自ら、翌日の死を悟ったか、お静の方と添い遂げたい思い、来世は大老になりたくないと語る場面から伺えた。

 上演時間のバランスも良く、見ごたえ十分だった。

 

 

歌舞伎座1月公演 高麗屋3代襲名披露 昼の部

 

 歌舞伎座1月公演は高麗屋3代、松本白鷗、松本幸四郎、市川染五郎の襲名披露に相応しく、「箱根霊験誓仇討」、「七福神」、「菅原伝授手習鑑」から「車引」、「寺子屋」の4本が並んだ。

 「箱根霊験誓仇討」は中村勘九郎、七之助兄弟、片岡秀太郎が素晴らしい。初代松本白鷗も演じたとはいえ、本懐を遂げんとする夫婦愛、親子愛が滲み出ていた。片岡愛之助が筆助、滝口上野の2役を見事に演じ切った。

 「七福神」は中村又五郎、中村鴈治郎、中村扇雀、中村芝翫、坂東弥十郎、市川門之助、市川高麗蔵が新春の縁起物、七福神を見事に演じ、華を添えた。

 「車引」は中村勘九郎、七之助兄弟をはじめ、坂東亀鶴、松本幸四郎、坂東弥十郎が光った。「寺子屋」は中村梅玉、中村雀右衛門、中村魁春をはじめ市川左団次、市川猿之助が光る。松本白鷗が絶品だった。そこに坂田藤十郎が見事な華

を添えた。

 2月も高麗屋3代襲名披露公演が続く。こちらも見ごたえ十分、楽しみである。

 

 

歌舞伎座1月公演 高麗屋3代襲名披露 夜の部

 

 2018年、歌舞伎座1月公演は、高麗屋(松本白鷗、松本幸四郎、市川染五郎)3代襲名披露公演で幕を開けた。夜の部は「双蝶々曲輪日記」、口上、「勧進帳」、「相生獅子」、「三人形」であった。

 「双蝶々曲輪日記」は片岡愛之助が山崎屋与五郎、放駒長吉の二役に挑み、素晴らしい成果を上げた。中村芝翫の濡髪長五郎も見事だった。遊女我妻の身請けをめぐった駆け引きから、相撲でわざと負けたことをめぐり、言い争いになる。そうしたやり取りが見事だった。

 高麗3代の襲名披露口上に続き、「勧進帳」。松本幸四郎、中村吉右衛門のやり取りも見見ものだった。市川染五郎当時に1度演じているとはいえ、まだ、緊張感が残っていたような気がした。

 「相生獅子」は中村扇雀、片岡孝太郎、「三人形」は中村雀右衛門、中村鴈次郎、中村又五郎が締めくくりに相応しい、見事な舞台さばきを披露した。

 松本白鷗、松本幸四郎、市川染五郎、高麗屋3代襲名披露は2月も続く。これからの歌舞伎界を担う存在へ成長することに大いに期待したい。

 

 

歌舞伎座12月公演 第3部

 

 歌舞伎座12月公演、第3部は坂東玉三郎の至芸を味わうに相応しい演目「瞼の母」、「楊貴妃」の2本であった。

 「瞼の母」では市川中車の忠太郎が見事で、中車自ら実父猿翁との対面を果たすまでの歳月が滲み出て、迫真の演技だった。それなくば、歌舞伎の道に進むこともなかっただろう。とはいえ、46歳で歌舞伎役者となったことを思うと、歌舞伎の世界になじんでいくことは大変だっただろう。ここ最近、古典ものでも市川海老蔵とも互角に立ち会える存在に成長したことは評価したい。坂東玉三郎の実母、おはまもこれに応えた見事な芝居だった。中村梅枝、中村歌女之丞の演技も光った。

 「楊貴妃」は玉三郎の独壇場で、唐代、玄宗の寵愛を受けた絶世の美女で、安禄山の乱の折、殺された後、蓬莱宮に住んでいた楊貴妃を玄宗の使者が訪ねて来るという設定である。

これは唐中期の詩人、白居易(白楽天)「長恨歌」に基づくもので、能楽、中国の京劇の要素を取り入れ、見事な舞台を繰り広げた。筝、胡弓を用いた音楽も見事である。

 唐王朝は安禄山の後、衰退に向かい、859年の裘甫の乱、868年の龐勛の乱で衰退が著しく、874年から10年にわたる黄巣の乱は、唐王朝にとどめを刺した。既に、平安時代となった日本では894年、菅原道真が遣唐使を廃止、907年、唐王朝は終焉した。それでも、玄宗と楊貴妃の悲話が長く、日本人に伝わったことは大きいだろう。

 中国の京劇に学び、素晴らしい舞台を披露した坂東玉三郎の至芸を味わった一時であった。

 

 

歌舞伎座12月公演 第1部 第2部

 

 1年の納めとなる歌舞伎座12月公演、第1部、第2部は見ごたえ十分な演目が並び、2017年を締めくくるものとなった。

 第1部「実盛物語」は片岡愛之助、上村吉弥、片岡松之助が素晴らしい舞台と芝居を見せた。市川笑三郎も光る。市川門之助が迫真の演技を見せた。「土蜘」は市川団蔵、中村梅枝などが見事な演技で見せた。尾上松禄の土蜘が光る。

 第2部「らくだ」は落語に基づき、片岡愛之助、市川中車の面白おかしな中に、人間の哀歓をにじませた芝居作りが光る。「蘭平物狂」は尾上松禄、中村児太郎、片岡愛之助、尾上左近、坂東新吾、坂東亀蔵が見事な芝居作りを見せた。

 この2部では片岡愛之助、尾上松禄が中心だった。第3部は坂東玉三郎の世界である。楽しみである。

 

 

2017/10/24

歌舞伎座10月公演 芸術祭 夜の部

 歌舞伎座10月公演、芸術祭夜の部は「沓手鳥弧城洛月」、「漢人韓文字手管始」、「秋の色種」の3本であった。

 大阪の陣、豊臣氏滅亡を描いた「沓手鳥弧城洛月」は、坂東玉三郎が新境地を開いた。豊臣秀吉の側室となり、秀頼を産んだ淀殿が豊臣滅亡に際し、次第に正気を失って、狂気におちいる様を見事な心理描写で描きだした。豊臣秀頼を演じた中村七之助、大野治長を演じた尾上松也などが光った。

 江戸時代中期に起った朝鮮通信使殺害を基にした「漢人韓文字手管始」は、中村鴈次郎、市川高麗蔵、中村芝翫が光る。長崎の花街の花魁、高尾、名山を巡る恋のさや当て、通信使への献上品を巡るいざこざがもとで、通訳を殺害することとなった。そうした伏線を見事に捉えた3人のやり取りは見事だった。ここでも尾上松也の好演が華を添えていた。

 朝鮮通信使は、江戸幕府の重要な外交政策の一つだった。将軍の代替わり、世継ぎ誕生祝いのため、12回来日した。11回目の1746年は船の破損・沈没、船長の転落死、船員同士の乱闘、病死など事件事故続きだった。その頂点が崔天宗殺害事件だった。最後となった1811年は対馬での儀礼だった。この通信使も幕末、ペリー、プチャーチン来航によりアメリカ、ロシアと和親条約を結び、開国したことを受け、途絶え、明治期に至る。こうした事件も歌舞伎として上演された意義は重い。

 「秋の色種」は坂東玉三郎、中村梅枝、中村児太郎の見事な踊り、梅枝、児太郎の筝の演奏といった見もの、聴きものぞろいで、素晴らしい締めくくりとなった。

2017/10/19

歌舞伎座10月公演 芸術祭 昼の部

 歌舞伎座10月公演、芸術祭、昼の部は日印友好交流年記念として、古代インドの叙事詩「マハーバーラタ」に基づいた新作歌舞伎「マハーバーラタ戦記」初演であった。

 まず、ヒンズーの4人の神々、奈羅延天、シヴァ神、梵天、大黒天が人間たちの争いを止め、平和な世を生み出せるかと議論する中、太陽神、帝釈天が現れる。そこで、奈羅延天が太陽神、帝釈天に汲手姫に子を産ませるように「マントラ」を送った。太陽神が産ませた子が迦楼奈、帝釈天が産ませた子が阿龍樹雷である。汲手姫はダルマ神との間に百合守良、風邪の神との間に風葦摩を産む。像の国の名君、バーンドゥ王の急死により、王位継承をめぐって語り合う。もう一人の王妃には双子の神アシュヴィンの間に納倉、沙羽出葉がいる。王位継承をめぐり、王の盲目の兄の子、鶴妖朶、道不奢早無が絡んでくる。

 平和な世を願う迦楼奈を利用せんとする鶴妖朶、道不奢早無、戦士としての誇りに生きる阿龍樹雷、森鬼飛と恋に落ち、我斗風鬼写をもうける風葦摩。その他様々な人間模様が繰り広げられていく。そこには、「神の力」が働いている。

 尾上菊之助、尾上松也をはじめ尾上菊五郎、市川左団次、中村鴈次郎を中心に中村梅枝、中村七之助、中村児太郎、市川団蔵、河原崎権十郎などが素晴らしい舞台、演技を見せた。青木豪の台本、宮城聡の演出がこの新作の原動力となって、成功に導いたと言えよう。再演を望みたい。

 

 

歌舞伎座9月公演 秀山祭 夜の部

 歌舞伎座9月公演、秀山祭、夜の部は「ひらがな盛衰記」より「逆櫓」、「再桜偶清水」といった重厚な内容の2本を取り上げた。 

 「逆櫓」は子どもの取り違えから生じた悲劇で、木曽義仲の遺臣、樋口次郎兼光が松右衛門と名を改め、義仲の忘れ形見となった駒若丸を槌松として育てている。しかし、義仲の遺臣であることがわかり、潔く捕えられることになる。中村吉右衛門、中村東蔵、中村歌六、中村雀右衛門が光った。最後に登場する市川左団次の風格ある演技が全体を締めくくっていく。浄瑠璃の竹本葵太夫、竹本翔太夫、竹本愛太夫がドラマ全体を盛り立てた。

 「再桜偶清水」は美貌の桜姫をめぐる僧政玄、千葉清玄、荏柄平太胤長の悪巧みが絡み合い、僧政玄の桜姫への思いは怨霊となって付きまとう。中村雀右衛門、中村魁春、中村錦之助が光る。殊に、市川染五郎の清玄は迫真の演技で、一幕目の立三味線による幕切れが素晴らしい。また、大谷桂三の悪役ぶりも見事だった。これは「偶曽我中村」に基づく中村吉右衛門による復活劇で、大阪、中座での初演を経て、香川県琴平市の「四国こんぴら歌舞伎」での2度の上演の後、歌舞伎座初演となった。吉右衛門の功績の一つだろう。「幡髄長兵衛」での劇中劇「公平法問諍」もぜひ、上演してほしい一つであることを書き添えておく。

 今後、今まで上演されないまま残っているものをどしどし歌舞伎座で上演してほしい。国立劇場頼みから脱皮してもらえないだろうか。

 

歌舞伎座9月公演 秀山祭 昼の部

 歌舞伎座9月公演、秀山祭、昼の部は「毛谷村」、「道行旅人の嫁入」、「幡隨長兵衛」の3本で、演目のバランスの取れた上演であった。

 「毛谷村」。毛谷村六助は吉岡一味斎の弟子で、八重垣流剣術の達人。母を失い、49日の喪を弔う中、老いた母親と共にやって来た微塵弾正(京極内匠)が母への孝行へと仕官したいと申し出て、剣の試合でわざと負け、仕官を実現させる。しかし、この弾正、師の一味斎と娘を殺害した京極内匠で、その後を許婚になっていたお園、師の妻、お幸が追っている。孫の弥未松は殺された娘、お菊の子である。旅姿でやって来たお幸を家の中に通した後、お園が虚無僧姿でやって来る。六助とお園のめぐり逢いの喜び、師が内匠に殺されたことを知り、悲しむ。やがて、内匠の悪巧みがわかって、仇討ちへと向かう。尾上菊之助、市川染五郎、上村吉弥の素晴らしい演技が光る。また、竹本愛太夫の浄瑠璃語りがこの上演を疾走引き立てていたことも特筆すべきである。

 「道行旅路の嫁入」は「仮名手本忠臣蔵」からの一つで、単独上演も多い。京都山科の大星力弥の許へ急ぐ、加古川本蔵の妻戸無瀬、許婚の娘、小浪。途中の花嫁行列を見つめつつ、それもできぬもどかしさ。しかし、力弥を思う小浪の心の強さも感じられる。坂田藤十郎の味わい深い演技、中村壱太郎の初々しさが素晴らしい。中村隼人のコミカルな演技も光った。

 河竹黙阿弥の名作の一つ、「幡髄長兵衛」は、旗本の水野十郎左衛門率いる旗本奴、幡髄院長兵衛率いる町奴のとの対立を基にしたもの。「村山(後の市村)座」での「公平法問諍」上演中の諍いに端を発する争いから、水野十郎左衛門が幡髄長兵衛を自宅で殺害する。中村吉右衛門が素晴らしい芝居を見せた。市川染五郎、中村錦之助、中村魁春も光る。ここでは竹本葵太夫の語りが悲劇を引き立てていた。

 歌舞伎は文楽、能を基にしたもの、江戸期から明治期のもの、明治期から現代に至る新作ものが中心となる。浄瑠璃の語り、三味線も重要な要素である。それが役者の演技を引き立てていく。これも歌舞伎の醍醐味だろう。

歌舞伎座8月公演 第3部

 歌舞伎座8月公演、納涼歌舞伎第3部は坂口安悟原作、野田秀樹作「桜の森の満開の下」であった。壬申の乱と天武天皇即位により、唐・新羅に倣った強力な中央集権国家成立期の日本を背景に、人間と鬼が混在するという設定のもと、長い耳の持ち主、耳男、山賊マナコ、オオアマがヒダの国へ招かれ、像を掘る。鬼退治の巻物を欲したオオアマ、刀を作るマナコ、耳を切られてバケモノを作る耳男。そこに、ヒダの国の二人の姫、早寝姫、夜長姫の恋が絡んでくる。天武天皇即位、大仏開眼の後、桜の森で夜長姫と耳男が再会、夜長姫は息を引き取り、耳男だけになる。

 人間と鬼が住む世界でも野望、欲望、恋が絡む。そんな世界を見事に歌舞伎で再現した舞台作りは素晴らしい。中村勘九郎・七之助兄弟を中心に、市川染五郎、中村扇雀、坂東弥十郎が見事な芝居を見せた。

 中村勘三郎は野田秀樹との出会いで、歌舞伎の新たな可能性を追求していった。今回の上演は2人の遺児、勘九郎・七之助兄弟が見事に引き継いだ。市川猿翁がオペラ演出を手掛け、オペラ界に大きな影響を与えたように、伝統を守る一方、歌舞伎の可能性を追求することも大切だろう。

 

 

歌舞伎座8月公演 第1部、第2部

 歌舞伎座8月公演、納涼歌舞伎第1部は「刺青奇遇」、「玉兎」、「団子売」、第2部は「修善寺物語」、「歌舞伎座捕物帖」であった。

 「刺青奇遇」は市川中車、中村七之助、市川染五郎の人情味溢れる演技が素晴らしい。市川猿弥、中村梅花、松本錦吾が色を添えた。「玉兎」は中村勘太郎のしっかりした踊り、「団子売」では市川猿之助、中村勘九郎のユーモラスな味わいが見事であった。

 「修善寺物語」は坂東弥十郎の風格ある演技、市川猿之助、市川新吾の桂、楓の姉妹の性格付けが光る。坂東巳之助、中村勘九郎、中村萬太郎の素晴らしい演技も見ものであった。

「歌舞伎座捕物帳」は市川染五郎、市川猿之助の弥次喜多のコミカルな演技もさることながら、市川団子、松本金太郎の活躍、市川中車、中村児太郎が好演、子どもたちには素晴らしい贈り物となった。冒頭、昨年の舞台を映画形式でまとめた後、ドラマに入っていく形式をとり、関連付けを行った演出には弥次喜多道中の関連付けが窺われた。

 国立劇場の歌舞伎教室で歌舞伎に親しんだ子どもたちには、3部制の納涼歌舞伎は本格的な歌舞伎入門としてうってつけである。弥次喜多道中の上演は一つの好企画だろう。一方で、本格的な歌舞伎の演目も忘れないでほしい。

 

歌舞伎座7月公演 夜の部

 歌舞伎座7月公演、夜の部は「駄右衛門花御所異聞」、市川海老蔵親子の宙乗りが話題になった演目である。日本駄右衛門は「白浪五人男」の一人で、「秋葉権現廻船語」として1761年に初演、今回は新しい脚本・演出による復活上演となった。

 市川海老蔵が駄右衛門、玉島幸兵衛、秋葉大権現の3役を見事に演じ切った。その変わり目のタイミングもよく構成されていた。性格描写面では個々の役の持ち味を出したとはいえ、今後の課題もある。これに対して、中村児太郎のお才が見事で、役者として著しい成長ぶりを見せた。最後の三津姫も素晴らしい。

 また、市川右団次、市川中車、坂東巳之助、坂東新吾の演技も光った。市川斎入の風格ぶりも見ものだった。殊に、細川勝元での中車のセリフ回しには歌舞伎役者としての立ち位置が感じられた。

 海老蔵が小林真央夫人を喪い、役者として試練の時だろう。今回の復活上演に懸ける意気込みは十分あっただろう。3役を演ずるにも性格描写ではいま一歩である。「毛抜」、「鳴神」を通し上演した功績は評価しても、いくつもの役を演ずる時の性格描写が深まれば、役者として成長できるだろう。ドラマとして見た場合、中村児太郎の成長ぶりが見られ、歌舞伎役者としての市川中車の立ち位置もはっきりしてきた。その意味で、歌舞伎の深さを改めて感じた一時であった。

歌舞伎座7月公演 昼の部

 歌舞伎座7月公演、昼の部は「矢の根」、「加賀鳶」、「連獅子」の3本で上演バランスの良い内容だった。

 「矢の根」は曽我兄弟の仇討を基にした内容で、市川右団次の曽我五郎が光った。襲名による新境地を切り開いたといえよう。市川笑也の兄、曽我十郎が見事な彩を添えた。

 「加賀鳶」は市川海老蔵が頭、天神町梅吉、目開きの悪徳按摩師、竹垣道玄の2役を見事に演じた。道玄の悪辣ぶりは圧巻だった。今回は市川右之助が市川斎入を襲名したこともあり、襲名披露も兼ねた公演となったためか、道玄と内縁の中にあった女按摩師、お兼を海老蔵に負けず劣らず見事に演じていた。道玄の悪事を見抜いた加賀鳶の一人、日蔭町松蔵を演じた市川中車も海老蔵と丁々発止のやり取りを繰り広げていった。

 「連獅子」は市川海老蔵、坂東巳之助の踊りの見事さ、市川男女蔵、片岡市蔵のコミカルな演技が絡み合い、締めくくりに相応しい演目であった。

 「夜の部」では「駄右衛門花御所異聞」が歌舞伎座初演目として注目される。市川海老蔵親子の宙乗りが話題となるだけに大いに期待しよう。

歌舞伎座6月公演 夜の部

 歌舞伎座6月公演、夜の部は「鎌倉三代記」から「絹川村閑居の場」、「曽我繍侠御所染」

「一本刀土俵入」の3本であった。

 「鎌倉三代記」では中村雀右衛門の時姫が素晴らしかった。市川門之助のおくるも好演、何より尾上松也、松本幸四郎が傑出していた。

 「曽我繍侠御所染」では片岡仁左衛門、市川左団次のつばぜり合い、中村雀右衛門が複雑な面持ちの皐月、中村米吉が身代わりになって殺される逢洲を見事に演じた。

 「一本刀土俵入」は相撲取りになり損ねたとはいえ、世話になった恩人を助ける駒形与兵衛を松本幸四郎が見事に演じた。市川猿之助のお蔦、尾上松緑の辰三郎も光る。中村歌六の波一理儀十、尾上松也の堀下根吉、市川猿弥の弥八も華を添えた。松本幸四郎のような円熟した名優に相応しい舞台だった。

 7月は市川海老蔵を中心とした布陣で、夜の部は「駄右衛門花御所異聞」が上演となる。小林真央夫人を喪った海老蔵がどのような思いで演ずるか。大いに期待したい。

歌舞伎座6月公演 昼の部

 歌舞伎座6月公演、昼の部は「名月八幡祭」、「浮世風呂」、「御所桜堀川夜討」より「弁慶上使」の3本であった。

 「名月八幡祭」は市川笑也が素晴らしい女形役者として成長した姿を見せた。芸者美代吉の奔放さ、艶のある美しさを見事に演じた。この美代吉に一途な思いを寄せる新助を演じた尾上松緑、美代吉と恋仲で評判の悪い船頭、三次を演じた市川猿之助の演技が光った。魚惣を演じた市川猿弥の味わい深い演技が全体を引き締め、素晴らしい舞台に仕上げた。

 「浮世風呂」での市川猿之助の素晴らしい踊り、女のなめくじを演じた中村種之助の艶かしさが見事だった。

 「御所桜堀川夜討」から「弁慶上使」は、中村吉右衛門の弁慶が実の娘を手にかけざるを得なかった父親の悲しみ、つらさを見事に演じた。実の娘しのぶを演じた中村米吉、母親で弁慶が一夜を共にしたおわさを演じた中村雀右衛門が母娘の悲劇を見事に描き出した。義経の家臣、侍従太郎を演じた中村又五郎の素晴らしい演技がこの悲劇を感銘深いものにした。

上演記録を見ると、「御所桜堀川夜討」は全編上演がない。今後の全編上演を望みたい。

 全体として、演目のバランスが十分で、終演が午後3時25分。夜の部へのゆとりも十分だった。

 

歌舞伎座5月公演 団菊祭 夜の部

 5代目尾上菊五郎、9代目市川団十郎記念歌舞伎座5月公演、団菊祭、夜の部は7代目尾上梅幸追善23年、17代目市村羽左衛門追善17年、坂東楽善、坂東彦三郎、坂東亀蔵、坂東亀三郎襲名記念を兼ねた演目が並んだ。

 「寿曽我対面」は襲名披露演目に相応しい内容で、尾上菊五郎、中村時蔵が華を添えた。最後に襲名口上を行い、坂東楽善・彦三郎一家の今後の活躍に期待する。

 「伽羅先代萩」は奥殿、床下、問注所対決、門柱所詰所刃傷の4場面を取り上げた上演で、尾上菊之助の政岡が絶品だった。若君を守らんとする忠義、我が子千松への愛情が滲み出ていた。存在感十分の中村魁春、畳みかける迫力を見せた中村梅玉、松島市蔵、歌舞伎座では襲名後初めてとなった市川右団次、大谷友右衛門の素晴らしい演技をはじめ、悪役二木弾正を見事に演じた市川海老蔵も特筆すべきである。

 「弥生の花浅草祭」は襲名披露に相応しい、華やかな演目で、坂東亀蔵、尾上松緑の息の合った見事な踊り、演技が夜の部を見事に締めくくった。

 歌舞伎史に名を残す2人の名優を記念する団菊祭が、昭和・平成の歌舞伎で記念すべき2人の名優の記念、襲名披露という素晴らしい内容。これが2017年の団菊祭であった。

 

歌舞伎座5月公演 団菊祭 昼の部

 歌舞伎座5月公演は近代歌舞伎の名優、9代目市川団十郎、5代目尾上菊五郎を記念した「団菊祭」として、名優ゆかりの作品が並ぶ演目が中心となる。今年は7代目尾上梅幸23回忌、17代目市村羽佐衛門17回忌に当たるため、この2人の名優の追善、また羽佐衛門の長男、坂東彦三郎が坂東楽善、長男が坂東亀三郎、次男が坂東亀寿、彦三郎の長男が坂東亀三郎の襲名披露、7代目尾上菊五郎の孫、寺島眞秀の初舞台という、大変目出度い公演である。

 まず「梶原平三誉石切」は坂東楽善、彦三郎、亀寿襲名披露に相応しい舞台となった。市川団蔵、尾上右近、尾上松緑が華を添え、素晴らしい舞台となった。

 「義経千本桜」から「吉野川」は尾上菊之助、市川海老蔵が見事な舞台、踊りを見せた。「魚屋宗五郎」は尾上菊五郎ならでの素晴らしい演技が、武家奉公に上ったものの非業の死を遂げた妹の無念を晴らすまでの過程を克明に描いた。中村時蔵、市川団蔵、中村梅枝、市川左団次、尾上松緑が見事な演技で盛り立てた。ことに市川左団次の味のある存在感はドラマ全体を引き立てている。

 全体として、終演が3時20分で、演目のバランスも十分だった。ただ、「魚屋宗五郎」の第1幕、第2幕の間に10分の幕間があってもよかっただろう。そうした面も考えてほしい。

 

歌舞伎座4月公演 夜の部

 東西花形役者の共演による歌舞伎座4月公演、夜の部は「傾城反魂香」より「土佐将監寝閑居の場」、「桂川連裡柵」より「帯屋」、「奴道成寺」の3本であった。

 「傾城反魂香」は土佐派の絵師、土佐将監と土佐の名を得んとする又平夫妻とのやり取りの中に夫婦愛を描きだした名品である。そこに近江の国、信楽に虎が現れて苦しんでいる農民を弟子の修理之助が助ける話、佐々木義賢の娘が誘拐されたことを絡ませ、内容の深いものにした。中村吉右衛門が吃音の絵師を見事に演じた。それを助ける妻を演じた尾上菊之助、将監夫妻を演じた中村歌六、中村東蔵、修理之助を演じた中村錦之助が光った。

 「桂川連裡柵」は宝暦年間に起った心中事件を基にしたもの。坂田藤十郎が若い娘と深い仲になって苦悩する商家の主人、中村扇雀が夫を支える妻を見事に演じ、性格描写にたけた上村吉弥、市川染五郎の欲深な親子、丁稚と若い娘の二役を演じた中村壱太郎が光る。中村寿治郎の隠居も素晴らしい味を出した。

 「奴道成寺」は市川猿之助ならではの舞台だった。また、大谷桂三の子息、大谷龍生の初舞台と相成って、素晴らしい舞台となった。

 いよいよ5月は団菊祭。楽しみになって来た。

 

歌舞伎座4月公演 昼の部

 歌舞伎座4月公演は東西の花形役者たちの豪華共演による、見所満載の内容である。昼の部は「醍醐の花見」、「伊勢音頭恋寝刃」、「熊谷陣屋」の3本であった。

 「醍醐の花見」は初演で、1598年春、豊臣秀吉最後の宴となった花見を取り上げている。淀殿、松の丸殿の杯争い、秀吉に切腹を命じられた(史実ではそうでなく、秀次自ら死を選んだとされる)甥秀次の霊が現れ、豊臣家の行く末を暗示するかのような場面の後、花見を繰り広げていく。この花見の5か月後、豊臣秀吉は老衰のため、63歳の生涯を閉じ、1600年、関ケ原の戦いの後、徳川家康の天下となって、1603年、江戸幕府が成立する。中村鴈次郎、中村扇雀、中村壱

太郎、市川笑也、市川笑三郎、尾上松也、市川右団次が秀吉最後の宴を見事に演じた。

 「伊勢音頭恋寝刃」は伊勢の遊郭で医者が引き起こした殺人事件、蜂須賀家の御家騒動を基にした作品で中村隼人、中村梅枝、片岡萬次郎が素晴らしい舞台を見せた。市川染五郎が迫真の演技で見所を盛り上げ、尾上松也が見事な助っ人ぶりを演じ、市川猿之助の悪女ぶりも見事だった。

 「熊谷陣屋」は松本幸四郎の直実が絶品である。幕切れ、出家した後、立三味線が響く中、花道を下がっていく余韻たっぷりの演技は素晴らしい。「仮名手本忠臣蔵」第1部の幕切れもこの場面同様、立三味線の中、大石由良之助が立ち去っていく。こういう場面に相応しい存在だろう。市川猿之助の味わい深い演技、市川高麗蔵の激しい感情、市川染五郎も見事だった。もう一人、弥陀六を演じた市川左団次の見事な芸が華を添えた。名役者あっての舞台。それこそ、開゛期の醍醐味ではなかろうか。

 「一谷嫩軍記」は歌舞伎座では1957年3月、1967年2月、1996年2月、国立劇場では1972年4月、2012年3月に通し上演がある。「熊谷陣屋」のみの上演が圧倒的に多い。「一谷嫩軍記」はぜひ、通し上演してほしい演目である。回数を増やしてほしい。

 

国立劇場開場50周年記念 伊賀越道中双六

 国立劇場開場50周年記念、歌舞伎公演の最後を飾った「伊賀越道中双六」は、2014年の上演が読売演劇大賞、最優秀作品賞を受賞したため、再演となった。ちなみに、歌舞伎座1月公演では「沼津」が上演されている。

 岡山藩士だった渡辺和馬が姉婿、荒木又右衛門の助力を得て、弟の仇、河合又五郎を討った「伊賀上野の仇討ち」に基づく。今回は「和田行家屋敷」、「円覚寺」、「藤川」、「岡崎」、「伊賀上野仇討の場」による構成である。

 武術師範の上杉家家老、和田行家には嫡男志津馬が沢井又五郎に唆され、遊女に入れあげ、身請けとして名刀「政宗」を質入れしたこと、娘お谷が門弟唐木政右衛門と駆け落ちしたことが悩みの種であった。沢井又五郎は名刀「政宗」を我が物にせんとしていたことを見破ったものの、又五郎に斬られる。佐々木丹右衛門は又五郎から「政宗」を奪い返そうとして斬られ、志津馬・お谷に政右衛門の助力を得て又五郎を討つよう勧め、こと切れる。

 藤川の関所を越えんとした政右衛門は越えられず、抜け道を行き、岡崎の山田幸兵衛の家に向かった。志津馬も娘お袖とともにやって来る。志津馬は又五郎を名乗り、幸兵衛に密書を渡し、お袖と結婚することになる。政右衛門は幸兵衛の許で武術を学んでいた。お谷はわが子を抱き、寒さに震える。政右衛門はわが子を手にかけても仇討を果たさんとする心を知った幸兵衛は、志津馬・政右衛門と共に又五郎を討ち、「政宗」を取り戻した。

 嵐橘三郎の厳格さ、中村京妙の気品、中村錦之助の性格描写、尾上菊之助の凛々しさ、中村米吉の初々しさ、中村雀右衛門の女の思い、中村歌六、中村東蔵の味わい深い演技、何よりも中村吉右衛門のスケールの大きな、素晴らしい演技がドラマを盛り上げた。ぜひ、歌舞伎座でも通しで上演してほしい。

 

歌舞伎座3月公演 夜の部

 歌舞伎座3月公演、夜の部は「双蝶々曲輪日記」から「引窓」、「けいせい浜真砂」、「助六」の3本で、花形役者たちが一堂に会した素晴らしい舞台を繰り広げた。

 「引窓」は八幡の里、南与兵衛が郷代官、南方十字兵衛となり、放生会の準備に追われている。そこへ、養子に出し、相撲取りとなった濡髪長五郎がやって来る。恩人を救わんとして人殺しを犯し、お尋ね者となった。長五郎は覚悟を決め、十字兵衛の手で捕まえてもらい、罪を償おうとする。しかし、十字兵衛は金を渡し、長五郎を逃がす。松本幸四郎、坂東弥十郎、市川右之助、中村魁春が見事な舞台を見せた。

 「けいせい浜真砂」は、石川五右衛門の名台詞を踏まえ、明智光秀の娘、皐月姫が父を撃った豊臣秀吉に恨みを晴らさんとしている。坂田藤十郎、片岡仁左衛門が素晴らしい舞台を見せた。

 「助六」は市川宗家得意の荒事、江戸っ子の粋を描き、蘇我兄弟の仇討を絡ませている。伊達男、花川戸助六は曽我五郎で源氏の名刀、友切丸を探すため、吉原通いを続けている。廓、三浦屋の遊女、揚巻と恋仲で、髭の意休に姿を宿した伊賀平内佐衛門は恋敵である。喧嘩、吉原通いを続ける五郎をいさめんとした兄曽我十郎は白酒売に身をやつし、五郎を諫めんとするも、友切丸探しのためだと知り、探索に加わる。母満江は兄弟たちから、真相を知り、五郎に紙子を授け、十郎と共に去る。平内佐衛門は五郎を打ち据えるも、それが友切丸探しとは知らない。友切丸は意休が持っていたとわかると、五郎は待ち伏せすることとなる。市川海老蔵をはじめ、市川左団次、尾上菊五郎、中村雀右衛門、中村梅枝などが素晴らしい舞台を作り上げた。市川右団次が口上で歌舞伎座初登場となった。

 4月は東西花形たちが一堂に会する。どんな舞台が繰り広げられるか楽しみである。

歌舞伎座3月公演 昼の部

 歌舞伎座3月公演、昼の部は「明君行状記」、「義経千本桜」より「渡海屋」、「大物浦」、「どんつく」の3本で、東西の花形たちが一堂に会し、素晴らしい舞台・演技を繰り広げた。

 「明君行状記」は岡山藩主、池田光政と藩の重罪を犯した家臣、青地善左衛門が明君、光政の真意を知ろうとして命を懸けた思い、主君としての光政の人間性との鋭いやり取りを描いたもので、善左衛門を演じた坂東亀三郎の一途さ、光政を演じた中村梅玉の寛大さ、度量の大きさが素晴らしい。側近山内権左衛門を演じた市川団蔵、善左衛門の叔父、磯村甚太夫を演じた河原崎権十郎などもドラマを引き立てていた。

 「渡海屋」、「大物浦」は片岡仁左衛門の知盛、中村梅玉の源義経、中村時蔵の典侍局がぶつかり合い、素晴らしい見せ場を作った。幼い安徳帝を演じた市川右近の素晴らしい初舞台も見ものであった。坂東弥十郎の弁慶が知盛への弔いとしてほら貝を吹きながら退場し、余韻溢れる締めくくりとなった。

 「どんつく」は2015年2月22日に亡くなった坂東三津五郎3回忌に合わせ、坂東巳之助が見事な舞台を作り出し、ゆかりの役者たちが華を添え、昼の部の締めくくりとした。

歌舞伎座2月公演 夜の部

 歌舞伎座2月公演は江戸歌舞伎390年記念、猿若祭と銘打って今日に至る江戸歌舞伎の歴史・伝統、新たな発展につなげんとする内容の演目が並んだ。夜の部は中村勘九郎の2人の息子が中村勘太郎、中村長三郎として初舞台を踏んだ「門出二人桃太郎」、「絵本太功記」より尼ヶ崎閑居の場、「梅ごよみ」の3本立てであった。

 「門出二人桃太郎」は祝祭的な内容で、中村屋の初舞台の定番。祖父に当たる中村勘三郎(18代)は「昔噺桃太郎」、勘九郎・七之助兄弟もこの演目で初舞台を踏んだ。幹部役者による口上もあって、華やかな舞台だった。

 「絵本太功記」では尼ヶ崎閑居の場がよく上演されるが、通しでは国立劇場のみとなっている。今回は中村芝翫の光秀をはじめ、中村魁春の操、中村東蔵の皐月、片岡孝太郎の玉菊、中村鴈次郎の十次郎、中村錦之助の久吉が素晴らしい舞台を見せた。

 「梅ごよみ」は江戸芸者の意地の張り合い、お家の一大事が重なった人情劇で、中村勘九郎、尾上菊之助、中村歌女之丞が粋な江戸芸者を演じ、市川染五郎の唐銀屋丹次郎、中村児太郎のお蝶の睦まじさ、中村歌六の千葉藤兵衛が意地の張り合いを見事に収め、人情味たっぷりに演じた。中村亀鶴の古鳥左文太の悪役ぶりも見事だった。

 歌舞伎座では「絵本太功記」上演は「尼ヶ崎閑居の場」のみで、通し上演がない。ぜひ、通し上演を望みたい。国立劇場ではいくつか復活上演されたものがあって、歌舞伎座で上演されたものもある。「絵本太功記」通し上演も新たな歌舞伎ファンの開拓につながるだろう。

 

歌舞伎座2月公演 昼の部

 歌舞伎座2月公演は、江戸歌舞伎390年記念「猿若祭」として、今日に至る江戸歌舞伎の歴史をたどる演目が並んだ。まず「猿若江戸の初櫓」、出雲の阿国、猿若が江戸に出て来たという設定で歌舞伎上演の由来を踊りで表現したもので、中村勘九郎・七之助兄弟を中心に、華やかな舞台を見せた。

 「大商蛭子島」は源頼朝挙兵にちなんだもので、伊東祐親の娘が身を引き、北条政子が頼朝の妻となって、北条時政らとともに挙兵するという設定になっている。史実では祐親の娘との間には子供が生まれたものの、祐親が認めず、子供が殺されてしまった。仮に、祐親が時代を読み取り、頼朝と娘との結婚を認めていたなら、歴史はどう展開したか。頼朝と政子は結婚、時政も鎌倉幕府を支えることとなった。尾上松禄、中村七之助、中村時蔵、中村勘九郎が素晴らしい芝居を見せた。

 「四千両小判梅葉」は幕末、江戸幕府の金を盗み出した藤岡富十郎、野洲無宿の富蔵の事件に基づいたもので、尾上菊五郎、中村梅玉をはじめ、市川団蔵、中村時蔵、中村東蔵、市川左団次などが味のある演技、芝居を展開した。最後に富十郎、富蔵が毅然と刑場へ向かっていく場面には、己の罪への覚悟が滲み出ていた。

 最後に「扇獅子」、中村雀右衛門、中村梅玉が締めくくりに相応しい、華やかな演技を繰り広げた。終演が午後3時45分で、夜の部開場まで15分という短さでは、入れ替えがスムーズにいかないだろうと感じた。今回は演目構成が長すぎたといえよう。

歌舞伎座1月公演 夜の部

 歌舞伎座1月公演、夜の部は2017年の始まりに相応しい内容で、演目のバランスがとれた上演で「井伊大老」、「越後獅子」、「傾城」、「松浦の太鼓」を取り上げた。

 「井伊大老」は幕末の大老、井伊直弼の生涯を描いたもので、井伊が水戸浪士たちに暗殺される桜田門外の変の前日までの上演であった。松本幸四郎は威厳に満ちながらも安政の大獄への悔い、亡くなった愛娘への思い、自らの運命を悟り、来世では大老はご免だという井伊の心境を見事に演じた。中村雀右衛門は正室としての品格、流れ星に不吉な影を読み取り、側室お静の方との確執を描きだした。坂東玉三郎は井伊の心境を察し、支える気丈さがにじみ出ていた。片岡愛之助、市川染五郎、中村歌六の演技も光った。

 「越後獅子」は5代目中村富十郎7回忌追善として上演、中村鷹之資が見事な踊ぶりを見せた。「傾城」は坂東玉三郎の独壇場であった。

 「松浦の太鼓」では市川左団次が傑出、名優ここにありという存在感が素晴らしい。片岡愛之助。市川染五郎、中村壱太郎が素晴らしい演技を見せた。これは「忠臣蔵」外伝で、浅野家の浪士たちが様々な形で本性を隠し、討ち入りに臨んでいたかがわかる。その意味でも意義があった。

 この1年、どんな舞台、話題が出て来るだろうか。

 

歌舞伎座1月公演 昼の部

 歌舞伎座、2017年の1月公演、昼の部は「将軍江戸を去る」、「大津絵道成寺」、「伊勢越道中双六」より「沼津」の3本であった。演目のバランスとしてはよかった。

 「将軍江戸を去る」は江戸幕府15代将軍、徳川慶喜が1868年4月10日、江戸城を明渡し、翌11日、水戸へ去っていくまでを描いた新作歌舞伎である。この年の9月、慶応4年は明治元年となり、明治維新による近代国家が始まる。幕臣たちによる彰義隊は徹底抗戦を貫く。それを推しとどめんとする山岡鉄太郎、高橋伊勢守がやって来て押し問答となる。寛永寺書院にいる徳川慶喜に勤王の心を説く山岡。それを決意して、水戸へ立つ慶喜。その心境が伝わる。市川染五郎、片岡愛之助、中村又五郎が見事な芝居を見せた。大谷廣太郎、中村種之助、市川男寅、中村歌昇も好演だった。

 「大津絵道成寺」は「京鹿子娘道成寺」に基づき、片岡愛之助が五変化による素晴らしい舞台を見せ、中村吉之丞、中村歌昇、市川染五郎が好演だった。

 「伊勢越道中双六」から「沼津」は中村吉右衛門、中村雀右衛門、中村歌六が見事な演技を披露した。日本の3大仇討の1つ、「伊賀越の仇討ち」によるもので、実の親子とは名乗れなかった商人十兵衛、雲助平作の悲劇を見事に描いた。「伊賀越道中双六」は3月、国立劇場でも上演されるため、見逃せない。歌舞伎座でも全編上演してほしい演目だが、実現するだろうか。

国立劇場開場50周年記念 しらぬい譚

 1966年に開場50周年を迎えた国立劇場、歌舞伎公演は黒田家お家騒動を基にした「しらぬい譚」で、菊池家と菊池家に滅ぼされた大友家、海賊の計略によりお家存亡の危機に陥る。その先導役となった大友家の姫、若菜姫が蜘蛛の術を用いて復讐を果たしていく。菊池家は家臣鳥山豊後之助、秋作親子、秋作の乳母秋篠、小文吾の活躍でお家の危機を救う。

 この上演では若菜姫を演ずる尾上菊之助の宙乗り、早変わりが見もので、妖術を用い、菊池家への復讐を進めるも術を破られ、最後は室町将軍、足利義輝が現れ、両家和解の内に幕となる。将軍義輝の娘、狛姫の入内を絡ませ、狛姫が猫の霊に取りつかれて苦しむ様も絡ませ、新春に相応しいスペクタクル満天の舞台となった。

 尾上菊之助、尾上菊五郎、尾上松緑、中村時蔵、中村梅枝、片岡萬太郎などが新春に相応しい、素晴らしい演技でこの舞台を盛り上げた。河原崎権十郎、市川団蔵の好演も見逃せない。

 この演目が歌舞伎座でも上演されてほしい。国立劇場の役割は、今まで埋もれていた歌舞伎復活上演、歌舞伎座での上演が稀な作品を取り上げることにある。これが開場50周年を迎えても連綿と続くだろう。国立劇場で上演された作品が1つでも多く歌舞伎座で上演されることを願いたい。

 

歌舞伎座12月公演 第3部

 2016年の最後を飾る歌舞伎座12月公演、第3部は「二人椀久」、「京鹿子娘五人道成寺」の2演目で、坂東玉三郎を楽しむには内容であった。

 「二人椀久」は、大阪の豪商椀屋久兵衛、遊女松山との悲恋がもとになっている。椀屋久兵衛は松山に入れあげた挙句、親族たちが座敷牢に押し込めた。座敷牢の中で精神に異常をきたし、放浪をきたした挙句、水死したとされる。そんな久兵衛の哀れさを中村勘九郎が見事に演じた。坂東玉三郎の松山がどこからか現れ、廓通いの頃を思わせるような光景から、巻物を取り出し、消えていく。久兵衛は全てが幻だったとわかり、茫然と佇む。その哀れさが見るものの心に感銘を残していく。

 「京鹿子娘五人道成寺」は中村勘九郎・七之助兄弟、中村梅枝、中村児太郎が坂東玉三郎と共に、それぞれの持ち味を発揮して、見事な舞台を作り上げた。「道成寺」には二人ものが一般的とはいえ、五人ものは初めてである。これだけの豪華な演目は、1年の締めくくりに相応しい。その意味でも貴重だった。

 

歌舞伎座12月公演 第1部 第2部

 歌舞伎座12月公演は3部制で、第1部「あらしのよるに」、第2部「吹雪峠」、「寺子屋」が上演された。「あらしのよるに」は新作歌舞伎の話題作で、きむらゆういちの童話をもとにした作品で、中村獅童が歌舞伎化を目指した作品で、親子連れが目立った。

 この話題作は中村獅童、尾上松也の力演、市川中車、中村梅枝、河原崎権十郎、市村萬次郎、市村橘太郎が素晴らしい演技を見せ、ドラマを盛り立てた。狼と山羊の友情を描き、現代における人とのつながりの尊さを伝える内容で、子どもから大人までが楽しめ、考えさせられる。こういう新作歌舞伎のあり方も歌舞伎の一つの道を示したと言えよう。

 「吹雪峠」は助蔵、おえんの夫婦が身延山参りの帰途、吹雪に遭遇、山小屋に避難、そこへおえんのかつての夫直吉がやって来る。助蔵とおえんは駆け落ちして、まじめな生活を送るものの、助蔵は病に侵されている。助蔵、おえんは直吉に怯えるものの、直吉は二人の言葉を聞くうちに高笑いを残して去る。尾上松也、中村七之助、市川中車が見事な舞台を見せ、最後の高笑いが重々しく響いていた。

 「寺子屋」は尾上松也、中村梅枝、中村勘九郎・七之助兄弟が見事な芝居を見せた。坂東新悟、市川猿弥も好演、締めくくりに相応しい舞台となった。

 

国立劇場開場50周年記念 仮名手本忠臣蔵 第3部

 国立劇場開場50周年記念として10月から3か月つづきで上演した「仮名手本忠臣蔵」第3部は、この締めくくりに相応しい、素晴らしい内容の舞台だった。

 八段目「道行旅路の嫁入」は中村魁春、中村児太郎の息の合った演技が素晴らしかった。父福助の歌右衛門襲名が延びている今、素晴らしい舞台を見せている姿は感動的である。

 九段目「山科閑居の場」では中村梅玉演ずる大星由良之助、松本幸四郎演ずる加古川本蔵の見事な舞台が光る。お石を演じた市川笑也、由良之助の長男、主税を演じた中村錦之助も見事だった。殊に松本幸四郎は3代そろっての襲名後の舞台だけに注目された。

 十段目「天川屋義平内の場」は中村歌六の天川屋義平、市川高麗蔵のお園が見事だった。十一段目「高家表門討入りの場」は中村梅玉の大星由良之助をはじめ、義士たちの動き、最後の「花水橋引上げの場」では市川左団次の口上がドラマを見事に締めくくった。

 高麗屋3代そろっての襲名を果たした松本幸四郎が松本白鷗として、どのような舞台を見せるか。今後の活躍ぶりにも期待したい。

国立劇場開場50周年記念 仮名手本忠臣蔵 第2部

 国立劇場開場50周年記念上演となった「仮名手本忠臣蔵」第2部。大星由良之助は中村吉右衛門、早野勘平が中村錦之助、尾上菊五郎、おかるが尾上菊之助、中村雀右衛門、千崎弥五郎が河原崎権十郎、原郷右衛門が中村歌六、判人源六が市川団蔵、おかやが中村東蔵、お才が中村魁春、寺岡平右衛門が中村又五郎、大星力弥が中村種之助、斧九太夫が嵐橘三郎であった。

 「道行」での尾上菊之助、中村錦之助の息の合った舞台は見ものだった。坂東彦三郎の鷺坂伴内でコミカルな演技を見せ、盛り上げた。5段目「山崎街道鉄砲渡しの場」、「二つ玉の場」では尾上菊五郎、河原崎権十郎の味のある演技が素晴らしい。6段目「与市兵衛内勘平切腹の場」では萱野三平重実を基にした早野勘平切腹の場面での尾上菊五郎、中村歌六、市川団蔵の演技が見せ所で、迫真の演技だった。7段目「祇園一力茶屋の場」では中村吉右衛門の大星が見事で、塩治側の仇討を探らんとする斧九太夫を演じた嵐橘三郎の老獪さとのコントラスト、中村又五郎の寺岡平右衛門、中村雀右衛門のおかるが見ものだった。

 12月はいよいよ第3部、討ち入りとなる。第1部で塩治判官を演じた中村梅玉が大星を演じ、締めくくりとなり、第1部で大星を演じた松本幸四郎も登場する。どんな締めくくりになるかが楽しみである。

 

歌舞伎座10月公演 芸術祭 八代目中村芝翫襲名披露 夜の部

 歌舞伎座10月公演、芸術祭、八代目中村芝翫襲名披露、夜の部は「外郎売」、口上、「熊谷陣屋」、「藤娘」で、中村橋之助の八代目中村芝翫襲名に相応しい演目であった。

 口上は坂田藤十郎をはじめ、主だった幹部俳優たちが先代芝翫の思い出などを語りながら、八代目芝翫への期待を語り、現在療養中で、中村歌右衛門襲名が延びている中村福助が舞台復帰に向け、リハビリに励んているという報告があった。福助が早く舞台復帰して、歌右衛門襲名が実現してほしい。

 「外郎売」は尾上松禄、坂東亀三郎が素晴らしい演技を見せ、中村歌六、坂東亀寿が見せ場を作っていた。「熊谷陣屋」では中村芝翫の素晴らしい演技、中村魁春、尾上菊之助が見事な演技が見もので、中村吉右衛門、中村歌六が見事に支えていた。「藤娘」は坂東玉三郎が絶品だった。

 今年の歌舞伎界は中村芝雀の中村雀右衛門襲名、中村橋之助の中村芝翫襲名、市川右近の市川右団次襲名、中村吉之丞、中村梅花が幹部俳優に昇進、新しい動きがあった。2017年、歌舞伎界はどう変わっていくか。楽しみである。

歌舞伎座10月公演 芸術祭 八代目中村芝翫襲名披露 昼の部

 中村橋之助の八代目中村芝翫襲名披露、芸術祭を兼ねた歌舞伎座10月公演、昼の部は襲名披露に相応しい演目となった。兄中村福助の七代目中村歌右衛門襲名披露が、福助の病気療養のため延期となっている現在、弟橋之助が中村芝翫を襲名、成駒屋を盛り立てんという心意気が伝わって来た。

 まず、中村橋之助、福之助、歌之助三兄弟による「初帆上成駒宝船」は新しい成駒屋の門出を祝いに相応しい、雄々しい内容であった。「女暫」では中村七之助が見事な巴御前を演じ、襲名披露を盛り上げた。「お染久松」では中村児太郎、尾上松也、尾上菊之助が見事な舞台を見せた。最後の「幡隨長兵衛」では中村芝翫をはじめ、尾上菊五郎、河原崎権十郎、中村又五郎、中村省右衛門、中村東蔵が見事な舞台で締めくくった。この中で演じられた「公平法問諍」は上演の機会があるだろうか。あれば、一度は見たい演目である。

 

 

国立劇場開場50周年記念 仮名手本忠臣蔵 第1部

 1966年11月開場から50年を迎えた国立劇場、歌舞伎公演は10月から12月の3回にかけて「仮名手本忠臣蔵」全3部を完全上演することとなった。1702年12月、大石内蔵助率いる赤穂浪士の吉良上野介吉央への討ち入りを室町幕府成立期の鎌倉に置き換えて人形浄瑠璃として上演、歌舞伎としても上演、今日まで人気の演目となっている。歌舞伎座でも通し上演があっても、省略があったりして完全上演ではない。国立劇場の場合、完全上演ではないこともあった。今回は開場50年記念ということもあり、11月、12月にわたる完全上演となった。

 第1部は口上人形による配役紹介に始まり、足利尊氏の弟、直義が鎌倉に下り、饗応役を命じられた桃井若狭之助安親、塩路判官高定、高武蔵守師直との諍いに始まり、師直が高定の正室、顔世御前への横恋慕が絡み、高定が師直に斬りかかる刃傷事件への伏線となる。市川左団次と片岡秀太郎のやり取りが緊張感に満ちていた上、中村梅玉が師直に切りかかる高定の心理を見事に描き出した。桃井家の屋敷の場での市川団蔵の素晴らしい演技、中村扇雀、市川高麗蔵のおかる、勘平も見ものだった。判官切腹に駆け付けた大星由良之助は、松本幸四郎の当たり役だけに、自信漲る、迫真に満ちた演技だった。血気にはやる藩士たちを説得、討ち入りまで待つよう説得、城を去る時の無念さには余韻が残った。

 第2部では中村吉右衛門が大星をどう演ずるか。これが楽しみである。

 

歌舞伎座9月公演 秀山祭 夜の部

 歌舞伎座9月公演、秀山祭、夜の部は「吉野川」、「らくだ」、「元禄花見踊」の3演目で、演目配置としてバランスが取れた上演だった。

 「吉野川」は反目し合う家同士の恋人たちが蘇我入鹿の権勢に翻弄される悲劇を描いた名作で、吉野川を隔てた両岸に恋人たちの館がある舞台配置を取る。中村吉右衛門、坂東玉三郎の迫真の演技、尾上菊之助、市川染五郎の純情さがこの悲劇を際立たせていた。中村梅枝、中村萬太郎の演技も全体を引き締めていた。

 「らくだ」は「らくだ」のあだ名で知られた遊び人馬吉がフグ毒で死んだことから、仲間の半次、紙屑屋の久六が葬儀の段取りをつけるため、大家の許へ向かい、どうにか段取りをつけ、酒に興じるうち、半次の妹おやすから自分の母親の死を知らされ、茫然とするところで幕となる。尾上松緑、市川染五郎、中村歌六、中村東蔵、中村米吉が面白可笑しく、見事に演じた。

 「元禄花見踊」は坂東玉三郎を中心に、今月出演した多くの幹部俳優、中村芝のぶ、坂東玉朗が見事な締めくくりを見せた。この中から、次の世代を担う幹部俳優が育ってほしい。

 今月は幹部俳優に昇進した中村吉之丞の昇進披露も兼ねた上演で、現在、様々な役で出演している役者たちが何人幹部俳優に上がるか。今後の活躍、昇進に期待しよう。

 

歌舞伎座9月公演 秀山祭 昼の部

 秋の声が聞こえてくる9月の歌舞伎座公演は、2006年に生誕120年を迎えた初代中村吉右衛門を記念、その俳号「秀山」を取り、秀山祭として初代吉右衛門にちなんだ演目を取り上げている。今年の昼の部は「碁盤忠信」、「太刀盗人」、「一条大蔵卿」の3演目であった。

 まず「碁盤忠信」は市川染五郎と中村歌六とのやり取り、片岡亀蔵との果し合い、尾上松緑との見事な幕引きは見もので、中村児太郎が素晴らしい演技を見せた。

 「太刀盗人」は中村錦之助、中村又五郎との駆け引き、盗み聞き、坂東弥十郎の見事な演技が見もので、盗人だと分かった時の幕切れが素晴らしい。

 「一条大蔵卿」中村吉右衛門、中村魁春の安定した演技、尾上菊之助、中村梅枝の息の合った演技、幹部俳優に昇進した中村吉之丞の見事な演技が光った。中村吉之丞は中村吉之助の頃から見事な演技を見せ、幹部俳優に昇進するだろうと期待していた。今回、昇進を果たし、悪役を演じきった力量は今後が楽しみである。

 その他、幹部俳優昇進への期待がある人材が出てきている。これからの歌舞伎界を占う上でも重要だろう。今度はどのような人材が出てくるか。

 

歌舞伎座8月公演 第3部

 歌舞伎座8月公演、納涼歌舞伎第3部は「土蜘」、「廓噺山名屋浦里」の2本で、「廓噺山名屋浦里」は笑福亭鶴瓶の落語を基にした新作もので、今回が初演であった。

 「土蜘」はこの秋、中村芝翫を襲名する中村橋之助の気迫のこもった演技、中村獅童、坂東巳之助、市川猿之助、中村勘九郎らの演技が光った。中村児太郎、中村扇雀も素晴らしい舞台作りで、見ごたえ十分な舞台だった。

 「廓噺山名屋浦里」は、くまざわあかねによる笑福亭鶴瓶の落語を聞いた中村勘九郎が、小佐田貞雄の脚本による新作歌舞伎としての初演で見ごたえ十分の舞台、内容だった。江戸留守居役でご奉公一途の一徹者、酒井宗十郎、秋山を「野暮天」、「田舎者」とバカにする秋山源右衛門、田中力之丞たちといった他藩の留守居役たちとの対比が見事で、花火大会の折の席に現れた花魁、浦里と出会う。その折、なじみの花魁を連れて寄合に出ると言った酒井は、浦里を寄合の席に招く。浦里へのお礼と言ってお金を差し出す酒井に対し、浦里は受け取らない。そこには花魁の悲しい宿命があった。それを知った酒井は、浦里となじみの仲になれただけでも満足ということで、山名屋の主人たちとともに浦里の花魁道中を見送り、幕となる。不器用な酒井を演じた中村勘九郎をはじめ、秋山を演じた坂東弥十郎、田中を演じた片岡亀蔵、山名屋を演じた中村扇雀、牛太郎の友蔵を演じた駿河太郎、浦里を演じた中村七之助が初演に相応しい、素晴らしい舞台を見せた。ぜひ、再演を望みたい。

 

 

歌舞伎座8月公演 第1部、第2部

 歌舞伎座8月公演は納涼歌舞伎として3部制を取り、初めて歌舞伎に接する人、子どもたちの歌舞伎入門としても定着している。今回の第1部は「嫗山姥」、「権座と助十」、第2部は「東海道中膝栗毛」、「紅翫」であった。

 まず「嫗山姥」では中村歌女之丞、中村扇雀、中村橋之助の演技が光る。坂東新悟演ずる沢潟姫を守り、気丈な局藤波を見事に演じた。10月に中村芝翫を襲名する中村橋之助も力のこもった演技が見ものだった。中村扇雀の八重桐も最後、坂東巳之助演ずる太田太郎たちを見事に退ける場面では見せ場を作った。「権座と助十」は何といっても坂東弥十郎演ずる大家六郎兵衛が全体を見事にまとめた。中村獅童の権三、市川染五郎の助十、中村七之助のおかん、坂東巳之助の助八、澤村宗之助の与助、中村壱太郎の彦三郎も好演で、片岡亀蔵の勘太郎が悪人の本性を出すまでを見事に演じた。

 「東海道中膝栗毛」は市川猿之助、市川染五郎の息の合った演技、ロックと和楽器との融合、アメリカ、ラス・ヴェガスを表出した舞台、アラブの王侯、最後のお伊勢参りの花火に至るまで見せ場満載の舞台を満喫した。また、家督相続・母の病気平癒祈願の大名の若君、近習を演じた松本金太郎・市川団子、天照大神を演じた市川笑也などが光る。「紅翫」は第2部締めくくりに相応しい内容だった。殊に中村橋之助の踊りが光った。

 中村橋之助が10月、中村芝翫襲名に当たり、橋之助としては最後になるとはいえ、襲名に相応しい充実した舞台を演じている。「東海道中膝栗毛」での市川猿之助ならではの新しさも歌舞伎の楽しみを味わうことができた。子どもたちも満足しただろう。

歌舞伎座7月公演 夜の部

 歌舞伎座7月公演、夜の部は人情劇「荒川の佐吉」、歌舞伎十八番「鎌髭」、「景清」で昼の部同様、市川海老蔵、市川猿之助、市川左団次、市川右近、市川男女蔵、市川中車、尾上右近、坂東巳之助といった大御所、花形たちによる豪華な舞台であった。

 「荒川の佐吉」は市川猿之助、坂東巳之助の掛け合い、市川男女蔵の重量感ある演技、市川中車の味のある演技が光った。大工からやくざに身を落としたとはいえ、人情味溢れる佐吉が親分、仁兵衛の娘、お新が生んだ卯之助を引き取って育てたとはいえ、お新が大店の奥方になって卯之吉を返してほしいといっても自分が育てた以上、返すことを渋る。しかし、口入れ屋を営む相模屋政五郎の説得に応じ、卯之吉をお新のもとに返し、江戸を去っていく。朝の桜が咲きほころび、散り行く中の旅立ちは余韻たっぷりだった。市川猿之助の素晴らしい性格描写、坂東巳之助もこれに応じていた。そこに市川中車が味わい深い演技でドラマを盛り立てた。市川海老蔵の成川郷右衛門も華を添えた。

 「鎌髭」は市川海老蔵と市川右近、「景清」は市川海老蔵と市川猿之助との掛け合いが見事で、「景清」の最後で市川海老蔵にちなみ、舞台背景の伊勢海老が見もので、素晴らしい締めくくりとなった。

 8月の納涼歌舞伎でも市川海老蔵、市川猿之助が出演、どんな舞台を見せるかが楽しみである。

歌舞伎座7月公演 昼の部

 歌舞伎座7月公演、昼の部は「柳沢騒動」、「流星」で、市川海老蔵、市川猿之助、市川右近、尾上右近、市川猿弥、市川中車、中村東蔵といった花形、大御所たちの豪華共演となった。

 まず「柳沢騒動」、江戸幕府5代将軍、徳川綱吉の御側用人として権勢をふるった柳沢吉保、大僧正として権勢をふるった隆光の出世、栄華、没落を描く。市川海老蔵、市川猿之助が対立しながら出世を志し、栄華を極め、没落する中での心理描写が見事で、中村東蔵の桂昌院が権勢の頂点にある将軍の生母、尾上右近がいいなずけだったとはいえ、吉保に翻弄されつつも一途な愛を貫くおさめを見事に演じた。市川猿弥の曽根權太夫、市川中車の徳川綱吉も見せた。成瀬金弥を演じた市川弘太郎、成瀬金吾を演じた坂東亀三郎が好演だった。

 終幕、柳沢吉保が自分にかかわって来た人物、隆光を斬り、おさめと共に自害する際、自分の権勢、栄華がいかにはかないものだったかを悟り、死に至った過程が伝わる。

 7月、七夕にちなんだ「流星」は市川猿之助のコミカルな踊り、演技、宙乗りに尽きるだろう。素晴らしい締めくくりとなった。

 

歌舞伎座6月公演 義経千本桜 第3部

 歌舞伎座6月公演、3部制による「義経千本桜」第3部、「狐忠信」は4代目市川猿之助の素晴らしい舞台に尽きる。歌舞伎におけるケレン、宙乗りといったスペクタクルが観客たちを魅了した。

 先代猿之助、現猿翁は現代の歌舞伎上演のあり方におけるの3要素を「3S(ストーリー・スピード・スペクタクル)」と定め、古典もののストーリーを明確にした上でセリフ回しの速度を上げ、きびきびしたものとした。さらに歌舞伎におけるケレンを生かし、スペクタクルとして宙乗りを最大限に生かしている。これが1992年のバイエルン国立歌劇場来日公演、リヒャルト・シュトラウス「影のない女」の演出で最大限の効果を上げ、このオペラの原点をくっきりと打ち出すことに成功した。

 「道行初音旅」は市川染五郎との息の合った踊りが素晴らしい。市川猿弥の逸見権太がコミカルな要素を醸し出し、花を添えた。「川連方眼館」では本物の佐藤忠信との演じ分けが見事で、義経・靜御前の前で本性を現し、親の形見の鼓をもらい受けて山へ帰っていく場面での宙乗りには観客たちが沸き上がった。市川笑也の静御前、市川門之助の義経、尾上松也の駿河次郎、坂東巳之助の亀井六郎も見事な演技を見せた。

 今回の3部制上演は「鳥居前」がなかったことは問題だった。「碇知盛」、「いがみの権太」、「狐忠信」に分け、わかりやすいものにしたことは評価してもよい。外国人向けにはよくとも、日本人にとってはどうか。外国人観光客のことを考えるならば、英語版・中国語版・ハングル版などを作った方が合理的ではなかろうか。

 

歌舞伎座6月公演 義経千本桜 第1部、第2部

 歌舞伎座6月公演は3部制による「義経千本桜」通し上演で、まず第1部「碇知盛」、第2部「いがみの権太」を見た。今回の通し上演では「鳥居前」が欠けているため、内容面では多少問題があった。「碇知盛」、「いがみの権太」を見た限りではまずまずの成果を出した。

 「碇知盛」では知盛を演じた市川染五郎、典次の局を演じた市川猿之助、義経を演じた尾上松也が素晴らしい演技を見せ、染五郎の迫真の演技は役者としての成長ぶりを示した。「時鳥花有里」での中村梅玉、市川染五郎、市川笑三郎、市川春猿、中村東蔵、中村魁春の踊りも見事だった。

 「いがみの権太」は松本幸四郎の味わい深い、素晴らしい演技がドラマを盛り上げた。主馬小金吾を演じた尾上松也、お里を演じた市川猿之助も絶品の演技を見せた。猪熊大之進を演じた片岡市蔵、梶原景時を演じた坂東彦三郎も重要な役どころを見せた。

 今月のプログラムを見ると、役者の名前に外国人観光客向けにローマ字表記があったことはよかったとはいえ、松竹は英語版、中国語版、ハングル版のプログラムを作ることを考えた方がいいだろう。その方がかえって外国人観光客に取って大に助かるだろう。

歌舞伎座5月公演 団菊祭 夜の部

 歌舞伎座5月公演、団菊祭、夜の部は尾上菊之助の長男、寺島和史君のお披露目となった「勢獅子音羽花籠」、「三人吉三巴浪」、「今時也桔梗旗揚」、「男女道成寺」の4演目であった。

 まず、「勢獅子音羽花籠」は寺島和史君のお披露目に相応しい雰囲気に溢れていた。和史君は疲れ気味の様子だった。「三人吉三巴白浪」は尾上菊之助、市川海老蔵、尾上松緑が光った。お嬢、お坊、和尚吉三が義兄弟となり、お嬢が音瀬から盗んだ金を和尚が預かる形で円満に解決する粋なとりなしが見事だった。

 「今時也桔梗旗揚」は尾上松緑、市川団蔵、中村梅枝、中村時蔵が見事な芝居を見せた。明智光秀が本能寺の変で織田信長を倒すに至った過程を克明に描きだしていた。その中で光秀の様子を窺っていた森蘭丸を中村萬太郎の演技が克明に光秀の心理を描きだしていた。

 「男女道成寺」は尾上菊之助、市川海老蔵の息の合った踊り、演技が締めくくりに相応しかった。また、所化たちの演技、踊りも花を添えた。

 いよいよ6月、3部制「義経千本桜」である。市川染五郎、松本幸四郎、市川猿之助の共演が見ものとはいえ、内容面では「鳥居前」がないことは問題だろう。

 

歌舞伎座5月公演 団菊祭 昼の部

 歌舞伎座5月公演、恒例の団菊祭。昼の部は「鵺退治」、「寺子屋」、「十六夜清心」、「楼門五三桐」の4演目で、バランスのとれた上演構成であった。

 「鵺退治」は1962年1月に上演以来54ぶりの上演となった。中村梅玉の源頼政、中村魁春の菖蒲の前が素晴らしい演技を見せた。中村又五郎の猪の早太、中村錦之助の関白九条基実が色を添えた。この再演は成功したと言えよう。

 「寺子屋」は市川海老蔵の松王丸が見ものだった。成田屋型では見得が目立つ。その中にも人間の悲哀を秘めている。わが子小太郎を菅宰相の子、菅秀才の身代わりとして主君に報いんとする心、わが子への熱い思いを合わせ持つ。海老蔵はその心情を見事に描き出した。尾上菊之助の千代、尾上松緑の武部源蔵、中村梅枝の小浪も見事だった。

 「十六夜清心」は恋仲になって心中したものの、ともに助かり、行き別れとなった清心と十六夜の悲劇を描く。尾上菊之助、中村魁春、市川左団次が味わい深い演技を見せた。

 「楼門五三桐」は中村吉右衛門、尾上菊五郎のやり取りが昼の部を見事に締めくくった。今回、54年ぶりとはいえ再演となった「鵺退治」は注目すべき演目といえよう。こうした演目もどんどん上演してほしい。

 

歌舞伎座4月公演 夜の部

 歌舞伎座4月公演、夜の部は「彦山権現誓助剣」、新作初演「幻想神空海」の2演目、見所満載であった。

 まず「彦山権現誓助剣」は杉坂墓所、毛谷村を組み合わせた上演で、片岡仁左衛門の独断場というべき舞台だった。杉坂墓所の場での親孝行ぶり、幼子を世話する一方、その身内を探す毛谷村六助を見事に演じた。そこへ師、吉岡一見斎の妻お幸、虚無僧に身を宿した許婚で、師の娘お園が現れる。

 そこで師の安否を問うと、師が京極内匠に殺され、妹も返り討ちにあったという。六助の許へやって来て、自分と立ち合いをして勝った微塵弾正がその男とわかる。そこへ杣人、斧右衛門が内匠に殺されたため、敵を討ってほしいと頼んでくる。この場面も見所満載だった。お園と婚礼を上げた六助は衣服を改め、紅梅、椿を手に小倉城へと向かう。片岡孝太郎、中村東蔵、坂東弥十郎が素晴らしい演技を見せた。

 新作初演となった「幻想神空海」は夢枕獏によるもので、2013年初演となった「陰陽師」に次ぐ作品。中国密教の総本山、青龍寺の恵果和尚のもとで密教の奥義を学ばんとする空海が皇帝呪詛事件解決に奔走する。そこに玄宗皇帝と楊貴妃の悲恋を絡ませている。楊貴妃が僧高鶴と弟子、白龍と丹龍が仮死の術で生き延びることとなったとはいえ、発狂した。玄宗と楊貴妃が過ごした華清宮で宴を開くと、楊貴妃、高鶴と2人の弟子が現れる。高鶴と白龍は刺し違いになる。空海は密教の奥義を学び、親友橘逸勢とともに憲宗皇帝に謁見、日本へと帰っていく。

 真言宗開祖で唐で密教を学び、書の名人と詠われた空海を市川染五郎、親友橘逸勢を尾上松也が見事に演じた。中村歌六の丹龍、中村歌昇の白楽天、白龍を演じた中村又五郎、高鶴を演じた坂東弥十郎の好演ぶりは高く評価したい。憲宗皇帝を演じた松本幸四郎の貫禄たっぷりの演技もドラマの締めくくりに相応しかった。

 今回の初演は若干の問題もあろうが、見所満載のスペクタクルたっぷりの内容だった。再演を楽しみにしたい。

 

 

歌舞伎座4月公演 昼の部

 歌舞伎座4月公演、昼の部は「松寿操り三番叟」、「不知火検校」、「身替座禅」の3演目であった。「不知火検校」は30分の幕間をはさんだ上演となった。

 「松寿操り三番叟」は市川染五郎が見事な踊りを見せた。「不知火検校」は、松本幸四郎が金のためなら人殺しもいとわぬ冷酷さを見せた。その手下を演じた市川染五郎、坂東弥十郎、尾上松也が素晴らしい演技を見せた。ことに、坂東弥十郎、尾上松也はこのドラマの核となる見事な演技だった。

 「身替座禅」は片岡仁左衛門、市川左団次の掛け合いが見事だった。中村又五郎の太郎冠者が見事な彩を添え、昼の部の締めくくりとした。

 今月の夜の部は新作もの「幻想神空海」の初演がある。これも楽しみである。

 

歌舞伎座3月公演 夜の部

 中村雀右衛門襲名披露となった歌舞伎座3月公演は口上、3演目でバランスの取れた内容で、全体に力のこもった舞台、演技が繰り広げられた。

 まず「双蝶々曲輪日記」。遊女吾妻をめぐる恋の駆け引き、相撲取り放駒長吉、濡髪潮五郎の勝負がからんでいる。放駒は平岡郷左衛門が吾妻にほれ込んでいるため、平岡への義理がある。濡髪は吾妻と山崎屋与五郎の恋を実らせようとする。濡髪がわざと負け、放駒の顔を持たせた。それを知った二人の喧嘩となり、土俵での勝負で決着をつけることになる。尾上菊之助と中村橋之助のスリリングなやり取りが見事だった。

 口上をはさんで「金閣寺」。中村雀右衛門ならではの入念、かつ力のこもった演技が素晴らしい。松本幸四郎、片岡仁左衛門、中村歌六、坂田藤十郎、中村梅玉もそれに応え、素晴らしい演技を見せた。

 締めくくりは「関三奴」。大名行列に使われる毛槍を使い、中村勘九郎、中村鴈次郎、尾上松緑が見事な踊りを見せて、この襲名披露公演を締めくくった。

 秋には中村橋之助が中村芝翫を襲名する。どんな公演になるかが楽しみとはいえ、中村福助の中村歌右衛門襲名が実現するだろうか。予断を許さない。

歌舞伎座3月公演 昼の部

 中村芝雀が5代目中村雀右衛門を襲名した記念公演となった、歌舞伎座3月公演昼の部は4演目、終演時間が3時25分頃で演目のバランスがよかった。

 まず「寿曽我対面」、曽我兄弟の仇討に基づいた河竹黙阿弥の作品。中村橋之助と中村勘九郎、尾上松緑とのスリリングなやり取り、源氏の名刀、友切丸を携えて現れる鬼王新左衛門を演じた大谷友右衛門の好演が光った。「女戻駕」、「俄獅子」は中村時蔵、尾上菊之助、中村錦之助、中村魁春、片岡孝太郎、中村梅玉が素晴らしい舞台を見せた。

 中村雀右衛門の見せ所となった「鎌倉三代記」は雀右衛門をはじめ、尾上菊五郎、片岡秀太郎、中村又五郎、中村東蔵の素晴らしい演技、特に中村吉右衛門が全体をしっかりと引き締めた。「団子売」では片岡仁左衛門、片岡孝太郎の息の合った舞台が昼の部を見事に締めくくった。夜の部が楽しみである。

歌舞伎座2月公演 夜の部

 歌舞伎座2月公演、夜の部は「ひらがな盛衰記 源太勘当」、「篭鶴瓶花街酔醒」、「浜松風恋歌」の3演目であった。今回の上演では、「ひらがな盛衰記 源太勘当」で当初、梶原平次景高を演じる予定だった中村錦之助が体調不良で出演できず、中村又五郎に変わった。

 「ひらがな盛衰記」は、中村又五郎が好演だったし、中村梅玉、片岡秀太郎、片岡孝太郎が素晴らしい舞台を見せた。片岡市蔵、市村橘太郎が舞台を引き立てていた。「篭鶴瓶花街酔醒」は痘痕顔の商人、佐野次郎佐衛門を演じた中村吉右衛門、花魁、八ッ橋を演じた尾上菊之助が見事だった。下野(今の栃木県)から商売のため、江戸へやってきた次郎佐衛門は、吉原の遊郭、花魁道中を見物するためやってきた。花魁道中に遭遇、その一人、八ッ橋にほれ込んだことから始まる。八ッ橋には釣鐘権八がいて、金蔓として利用している。また、浪人繁山栄之丞とも恋仲で、次郎佐衛門の存在を知り、嫉妬心を募らせる。

坂東弥十郎、尾上菊五郎が素晴らしい演技で見せた。そこが、この悲劇の伏線となる。八ッ橋は次郎佐衛門に愛想尽かしを言って別れる。その後、次郎佐衛門が八ッ橋のもとを訪ねた折、八ッ橋を切り殺す。吉右衛門はそんな次郎佐衛門の心境を見事に描きだし、菊之助もこれに応じていた。

 「浜松風恋歌」は在原業平の故事にちなんだもので、中村時蔵、尾上松緑が息の合った、見事な舞台を見せ、夜の部の締めくくりとした。

 3月公演、中村芝雀の中村雀右衛門襲名披露公演となる。ただ、昼の部が4演目で、終演時間などが気にかかる。入れ替えがスムーズに行くことを望みたい。

歌舞伎座2月公演 昼の部

 歌舞伎座2月公演、昼の部は吉川英二原作「新書太閤記」、豊臣秀吉が織田信長の家臣となり、本能寺の変での信長の死後、中国大返しにより天下を獲得するまでを描いた新作歌舞伎である。

 豊臣秀吉は人心掌握術、金の使い方を心得ていたこと、ゆとりを大切にしたことにより、天下を取ったものの、晩年、信長の妹、お市の方の長女茶々(淀殿)に溺れた挙句、醜態をさらし、朝鮮出兵を行って惨めな死を招いた。前田利家との友情、寧々との結婚、竹中半兵衛との出会い、本能寺の変と中国大返し、清州会議で天下を取っていく秀吉は、実直さ、機敏さ、見事な人心掌握術があった。尾上菊五郎は、そんな秀吉を見事に演じていた。中村梅玉の織田信長、中村歌六の前田利家、中村時蔵の寧々、市川左団次の竹中半兵衛、尾上菊之助の濃姫の見事な役作りが引き立てていた。市川団蔵が寧々の父、浅野又衛門、安国寺恵瓊で全体を引き締め、信長の三男、信孝を演じた中村錦之助、丹羽長秀を演じた中村東蔵、柴田勝家を演じた中村又五郎などが光った。

 新作歌舞伎として「新書太閤記」を上演するなら、歌舞伎本来の「絵本太功記」の通し上演を望みたい。こちらも部分上演ではもったいない。ぜひ、通しで上演してほしい。

 

歌舞伎座1月公演 夜の部

 歌舞伎座1月公演、夜の部は「猩々」、「二条城の清正」、「廓文章 吉田屋」、「雪夕入谷畦道」の4本。こちらも新春にちなんだ演目が並んだ。

 「猩々」は尾上松緑、中村橋之助、中村梅玉の息の合った演技、踊りが見事だった。昼の部同様、この秋中村芝翫を襲名する中村橋之助の進境著しい面がうかがえた。「二条城の清正」、松本幸四郎の傑出した演技、市川左団次演ずる徳川家康とのやり取りが素晴らしかった。市川高麗蔵、坂東弥十郎、中村松江などの演技も好演だった。最後まで豊臣秀頼を守ろうとした加藤清正の決心が伝わった。

 「廓文章 吉田屋」は中村鴈次郎、坂東玉三郎の素晴らしい演技、それを支えた中村歌六、上村吉弥の素晴らしさも高く評価したい。「雪夕入谷畦道」は市川染五郎、中村雀右衛門襲名を控えた中村芝雀が見事だった。中村東蔵、松本錦吾の名脇役たちの活躍が見ものだった。

 新年とはいえ、4演目は多いかもしれない。3演目の方がゆったり見られるし、幕間の時間もゆったり取れる。その上、新しい歌舞伎座になってから、幕間が窮屈になったような気がする。前の歌舞伎座の場合、幕間が40分、30分だったため、食事時間をはじめ、ゆったりくつろげた。新しくなってから、30分、25分、20分になり、窮屈になった。出し物、幕間の時間を一考してはいかがだろうか。

歌舞伎座1月公演 昼の部

 2016年の始まりを告げる歌舞伎座1月公演、昼の部は「廓三番叟」、「義経千本桜 鳥居前」、「梶原平蔵誉石切」、「茨木」の4演目で、新春に相応しい演目であった。

 「廓三番叟」は、正月の吉原を舞台に2人の遊女が翁、千歳に見立てて正月の踊りを始めると、太鼓持が三番叟としてやって来て踊りに加わる。片岡孝太郎、中村種之助、市川染五郎が見事な踊りを見せてくれた。「義経千本桜 鳥居前」は平氏を滅ぼした源義経が兄、源頼朝に追われることとなり、西国へ下ることとなった日、静御前との別れの場面を描く。市川門之助、中村児太郎、坂東弥十郎、中村橋之助の演技が素晴らしかった。中村橋之助は狐忠信は初めてだという。中村芝翫襲名に当たり、新たな挑戦だろう。名脇役、坂東弥十郎の弁慶は見どころ十分だった。

 「梶原平蔵誉石切」は中村吉右衛門が素晴らしい。中村省右衛門を襲名する中村芝雀も好演だった。最後の「茨木」、尾上松緑、坂東玉三郎との緊迫感あふれる舞台は見事で、昼の部の締めくくりに相応しい内容だった。

 ただ、演目数について言えば、4演目は多い。昼、夜3演目ずつがよかっただろう。15分の幕間ではトイレに並ぶ人の列が多く、さばききれなかった。その上、終演が4時近くで、夜の部との入れ替えが窮屈になった。また、コーヒーなどを飲んでくつろぐ時間もないようでは次の舞台を見るにも窮屈である。3演目に抑え、ゆとりを持って見られるような配慮がほしい。