かげはら史帆 ベート―ヴェン捏造

 

 ベート―ヴェンの伝記ほど多くの人々に読まれているとはいえ、本格的なものはアレクサンダー・ウィーロック・セイヤ―、メイナード・ソロモン、ルイス・ロックウッドだろう。どれも英語圏からの出版で、ドイツ語圏ではない。ヨーロッパでの本格的なベート―ヴェン伝が出版できない最大の要因は、アントン・フェリックス・シンドラーの捏造されたベート―ヴェン伝、シンドラーが所有していたベート―ヴェンの会話帳への改竄・捏造である。

 セイヤ―、ソロモン、ロックウッド、シュテルバ、1977年のベートーヴェン没後150年の折、旧東ドイツでのベートーヴェンの会話帳へのシンドラーの改竄に関する報告などを取り入れ、シンドラーの生涯、シンドラーがいかにして「英雄神話」のベートーヴェンを描きださんとしていたかを捉えた一冊として注目すべきである。

 モラヴィアの教師の家に生まれ、ヴァイオリンを学び、ヴィーン大学の法学の学生となって、学生運動に身を投ずる。ドイツ統一の志を固めたとはいえ、挫折する。そんな折、ベートーヴェンに出会い、秘書となる。ベート―ヴェンにのめり込む一方、ベートーヴェンは厄介払いしたい。シンドラーが第9交響曲の初演後、収支問題でベートーヴェンのもとを去ると、カール・ホルツがやってきた。ホルツの方がベートーヴェンとの対応を心得ていたこともあってか、シンドラー以上の働きをするようになった。ベートーヴェンの甥カールの自殺未遂後、シンドラーは秘書に復帰、ベートーヴェンの最期を看取る。

 シンドラーはベートーヴェンの遺品として会話帳を受け取るものの、ベートーヴェンに不都合なもの、不要と考えたものを破棄したり、都合のいいように改竄した。その中には、カノン「タ・タ・タ・タ、親愛なるメルツェルよ」があり、長い間ベート―ヴェンの真作とされたものがシンドラーの偽作だったことも判明した。同時に、シンドラーのベートーヴェン伝も改竄が続くようになっている。

 かげはらは、シンドラーが如何にベート―ヴェンの会話帳を改竄し、ベートーヴェン像を捏造、「英雄神話」としてのベートーヴェンを創り出すことに成功した過程を描く。それを崩さんとしたセイヤ―は、甥カールとの関係に困惑、シンドラーに与した。20世紀後半、セイヤ―の英語版を校訂したエリオット・フォーブスがエディッタ、リヒャルト・シュテルバ「ベート―ヴェンとその甥」に基づき、修正した。それが1977年、旧東ドイツでのシンドラーによる会話帳改竄にもつながった。

 1995年、シュテファン・ヴォルフがベート―ヴェンと甥カールとの関係に関する新たな研究書を出版、2013年ダニエル・ブレンナーがシンドラーに関する研究書を出版している。これらの訳書出版にも期待しよう。

 

 

西阪多恵子 クラシック音楽とアマチュア W.W.コベットとたどる20世紀初頭の音楽界

 

 西阪多恵子がお茶の水女子大学大学院に提出した博士論文に基づく著作。20世紀初頭のイギリス音楽界における室内楽発展に貢献したW.W.コベット(1847-1937)の生涯、室内楽とアマチュア音楽家、女性の地位向上・社会進出、戦争と音楽の問題をイギリス社会の変遷とともに論じた、優れた内容である。

 中産階級に生まれ、コンサート・オペラを愛し、ヴァイオリンを学び、名器まで所有したコベットは「コベット・コンペティション」を創設、室内楽作品普及に尽力した。また、「コベット室内楽事典」を編纂するほどだった。しかし、ヴァイオリニストの腕前はさほどではなかったという。

 イギリス社会では女性の地位向上に伴い、女性作曲家の育成、音楽家の進出が目立つ。コベットも女性音楽家支援に乗り出していく。また、イギリスの作曲家たちにも無調音楽などの変化が現れて来る。第1次世界大戦(1914-1918)中の兵士たちへのコンサート開催が音楽家救済に繋がった一方、戦争の愚かさも悟る。

 コベットの生涯から、欧米の音楽愛好家たちが楽器を演奏して家庭の団らん、社交を豊かにしたことが窺われる。大田黒元雄、野村光一などが理想とした姿だっただろう。それが、日本の音楽界発展にあまり寄与しなかったことをどう捉えたらいいだろうか。その意味でも一つの問題を提起した好著である。

 

(青弓社 2400円+税)

 

 

クリスティアン・マルティン・シュミット ブラームスとその時代

 

 西村書店による「大作曲家とその時代」シリーズは、ドビュッシー、ベルリオーズ、ベートーヴェンの3冊が出ている。今回、「ブラームスとその時代」は1982年発行とはいえ、ブラームスの本質を鋭く突いた好著である。

 日本ヴァーグナー協会「ヴァーグナー・シュンポジオン」2017年に、森泰彦「ヴァーグナーとブラームス」が掲載されたことも手伝い、ブラームスの作品、様式の本質を論じたものが出たことは、本格的なブラームス研究の始まりといえよう。

 ブラームスが表面的には保守であっても、ルネッサンス・バロック音楽の技法を研究、かつ演奏して自作に取り入れ、新しいものを生み出していったことは周知のとおりである。それが、シェーンベルク、ヴェーベルン、ベルクといった12音技法の作曲家たちにつながる。しかし、ブラームスに会ったとはいえ、皮肉な物言いを理解できず、

「視野の狭い小人。」

と酷評したマーラーが、シェーンベルクとの交友を通じてブラームスの音楽を受容することとなる。リヒャルト・シュトラウスもブラームスの影響を受けた一人である。

 これに対して、ヴァーグナーはオペラを通じて、「トリスタンとイゾルデ」で半音階技法を用い、機能和声解体へと進み、12音技法へ至る。また、「ニュールンベルクのマイスタージンガー」作曲中に、「ドイツ・レクイエム」作曲中のブラームスに会う。この2つの作品がドイツ統一と結びつき、ドイツ人たちは熱狂的に受け入れた。ヴァーグナー派、ブラームス派の音楽論争については、新ドイツ派批判はリストに向けられたものであって、ヴァーグナーではなかった。ただ、ヴァーグナー派はブラームスを敵視する一方で、ブラームスがヴァーグナーをそれなりに評価していたことを見落としている。シェーンベルクは、マーラー、シュトラウス、レーガーがヴァーグナー、ブラームスの影響を受けたことと明言している。ヴァーグナー亡き後、ブラームス派とブルックナー派の論争となった際、意図的なものであったことも明らかになっている。ブラームスが党派抗争を迷惑がっていたことは明白である。

 さらに、ブラームスの自筆草稿、書簡の問題にも触れている。ブラームスの書簡の場合、ドイツ・ブラームス協会による16巻の書簡全集が出たものの、新しい視点で出版すべきではなかろうか。1983年のブラームス生誕150年、1997年の没後100年でどうなっただろう。実費草稿の問題では、ベルリン国立図書館所蔵のものが戦争の影響で、ポーランドの所有となったものがある。また、アメリカでのブラームス自筆コレクションもある。自筆譜の問題も重要である。

 江口直光の訳も日本語として読みやすく、わかりやすい。ブラームス研究には重要な一冊として推薦したい。

 

(西村書店 4500円+税)

 

 

2017/11/27

日本ヴァーグナー協会 ヴァーグナー・シュンポシオン 2017

 日本ヴァーグナー協会会誌、ヴァーグナー・シュンポシオンは2017年度版からアルテス・パブリッシングからの出版となった。これは2016年版まで出版先だった東海大学出版会での事情が困難となったことによる。

 今回のテーマは「ヴァーグナーの呪縛」(1)で、森泰彦「ヴァーグナーとブラームス」、谷本愼介「ニーチェと《トリスタンとイゾルデ》」、鈴木淳子「あの時に始まった」、ハンス・ルドルフ・ヴァ―ゲット、杉谷恭一訳「トーマス・マンとリヒャルトヴァーグナー クナッパーツブッシュの場合」、山崎太郎「ラン・ジークリンデ・ラン」には注目すべきだろう。

 森のヴァーグナーとブラームス論はドイツ人のアイデンティティー、ドイツ・ロマン主義音楽の本質に踏み込んだものとなっている。ハンスリックが中心となったヴァーグナー派、ブラームス派の論争以前の本質的な視点から論じたもので、新たな視点を提供している。谷本はニーチェの処女作「悲劇の誕生」には「トリスタンとイゾルデ」があったことに言及、ニーチェ解釈に一石を投じている。鈴木はヴァーグナーとナチズムの本質を大衆心理から解明している。ヴァ―ゲットはトーマス・マンが亡命の道を選んだ背景には、ハンス・クナッパーツブッシュによるナチズムと結びついた排斥運動があったことに触れ、クナッパーツブッシュの負の側面も捉えている。山崎は「ヴァルキューレ」におけるジークリンデに関する新たな解釈の視点を提起した。

 国内でのヴァーグナー上演記録では神奈川県民ホール「さまよえるオランダ人」、二期会「トリスタンとイゾルデ」が注目された。「トリスタンとイゾルデ」は日本のオペラ上演史に残る記念碑的なものだろう。

 国内・海外のヴァーグナー文献を見ると、かなり注目すべき論文・文献がある。訳書出版すべきものがあれば、出版してほしい。

 

(アルテス・パブリッシング 2900円+税)

2017/11/10

佐藤望 バロック音楽を考える

 慶應義塾大学教授、ドイツ・バロック音楽研究家、佐藤望が2015年、慶應義塾大学で行ったバロック音楽史の講義を基にまとめた著作は、従来のバロック音楽史観を打ち破った画期的な内容で、注目すべき一冊である。

 従来のバッハ中心的な音楽史観を完全に否定、バロック音楽と20世紀のロック音楽には感情表出の面では共通することを指摘した。これは、ジャズとバロック音楽の即興との共通点に匹敵する。

 また、音律・音組織・調律法に関する記述では、調律法によって不協和音と協和音との交代、変化を味わうことにより、バロック音楽本来の響きを味わうことが可能であり、地域による演奏ピッチがいくつもあったことが音楽の響きを豊かにしたことにも言及する。

 更に、女性作曲家、カストラートについて、ジェンダー・セクシャリティ面から考察、言及したことは画期的である。バロック・オペラ欠かせない存在だったカストラートが、日本の歌舞伎、宝塚歌劇をはじめ、21世紀のロック歌手、マイケル・ジャクソンに至るまで、男声・女性の枠を超えたニュートラルな存在だったという指摘は正鵠を得た表現だろう。

 バロック音楽のもう一つの本質が思索する音楽、キリスト教信仰としっかり結び着いた存在だったことにも言及、フィグーレンレーレ、アフェクインレーレからプレトーリウス、キルヒャー、マッテゾンに至る音楽論、音楽論争もバロックから古典主義へと至る過程を示している。

 バロック音楽の音楽史観、その本質を新しい視点から論じた画期的な一冊として、ご一読をお勧めしたい。

 

(音楽之友社 2000円+税)

2017/10/12

柴田克彦 山本直純と小澤征爾

 真の天才、クラシック音楽の普及に生涯を奉げた山本直純。スクーターでヨーロッパに渡り、ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝、カラヤン、バーンスタイン、ミュンシュに学び、文字通り「世界のオザワ」となった小澤征爾。この2人は指揮法の祖、斎藤秀雄の下で学び、小沢は頂点を目指し、山本は底辺を作った。この2人の友情が今日の日本のクラシック音楽の基盤を作った。

 2人は、1972年に起った日本フィルハーモニー交響楽団存続問題に奔走、小澤が昭和天皇に直訴したことは話題となる。この事件は、日本のクラシック音楽のあり方を根本から問い直すこととなった。山本、小澤が新日本フィルハーモニー交響楽団を創設した。従来の日本フィルハーモニー交響楽団も市民と共に歩むオーケストラとして再出発した。

 1972年、山本が新日本フィルハーモニー交響楽団を中心とした、TBS系列の音楽番組「オーケストラがやって来た」を創始、1983年3月27日までの11年間にわたり、クラシック音楽の普及・啓蒙活動を進めた。小澤も出演している。その要因には、レヴェルを下げない、出演者たちが全身全霊を込めて取り組んだことにある。また、世界的な演奏家たちも登場したことも大きいだろう。

 小澤が世界に君臨、山本は生涯にわたり、クラシック音楽の普及に努める。1983年の大阪城築城400年記念として「1万人の第9」の指揮、ジュニア・フィルハーモニック・オーケストラの育成にもあたった。「音楽を広める」ことを使命とした人生が伝わって来る。

 作曲家としての山本は、森永エールチョコレートのコマーシャル音楽「大きいことはいいことだ」、映画音楽「男はつらいよ」、NHK大河ドラマでは、1976年「風と雲と虹と」、1988年「武田信玄」など、多くの放送音楽を生み出している。童謡「1年生になったら」も名曲である。また、ポピュラー音楽もある。しかし、こうした音楽だけで山本を評価することはどうか。クラシック音楽でも隠れた往作があるだろう。

 柴田克彦は山本直純と小澤征爾の友情を日本のクラシック音楽の両輪として捉え、見事な筆致で描きだした。しかし、両者の年譜があった方がよかったかもしれない。ぜひ、読んでほしい一冊である。

 

(朝日新聞出版 780円+税)

 

2017/10/7 

カール・レーブル ヘルベルト・フォン・カラヤン 僕は奇跡なんかじゃなかった その伝説と実像

 クラシック音楽の代名詞となった帝王、ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908-1989)は、伝説の巨匠、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)と共に多くの著書が出版された。オペラ、コンサート、レコーディングはもとより、映像、放送などあらゆる分野で優れた才能を発揮、文字通りヨーロッパの主要ポストに君臨した。カラヤンに匹敵する存在はレナード・バーンスタイン(1918-1990)だろう。

 オーストリアの音楽評論家、カール・レーブル(1930-2014)はカラヤンを冷静に見つめ、観察して来た。実際、「奇跡のカラヤン」と言われ、かえって傷ついたという。とはいえ、カラヤンとナチスとの関係が取りざたされたとはいえ、キャリアのためであったという。レーブルは、筋金入りのナチスなら党員であることを自慢していたことを指摘する。実際、カラヤンは音楽だけで、ナチスのことはどうでもよかった。

 一方、ナチス支配の中ではゲッベルスはフルトヴェングラーを支持、ゲーリングはカラヤンを支持していた。ナチスの権力闘争にも翻弄されていた。また、フルトヴェングラーもカラヤンが面白くなかった。それでも、カラヤンがトスカニーニと共にフルトヴェングラーを手本にしていたこと、カラヤンがそれなりに尊敬していたこともフルトヴェングラーも知らなかった。カラヤンも見るところを見ていた。だからこそ、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の常任となり、帝王となれた背景がある。

 カラヤンがヴィーン国立歌劇場総監督から去った背景には、オペラ・ハウスのごたごたに関わりたくなかった上、新しい作品への意欲があった。ザルツブルクでベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と共にイースター、聖霊降誕祭の時期にオペラ、コンサートからなる音楽祭を開いた一因だろう。

 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との関係が悪化したザビーネ・マイヤー事件は、オーケストラが認めなかった理由も頷ける。マイヤーはソリストであって、オーケストラには合わない。カラヤンはそこまで理解していなかった。ベルリンでの立ち位置にも厳しい目が向けられた。そんな中でのベルリン・フィルハーモニー管弦楽団とのベートーヴェン、ブラームスの交響曲全集は、晩年のカラヤンの一大記念碑ではなかろうか。1978年以降、カラヤンは背中の痛みなど、病に苦しむ。そうした背景もある。

 カラヤンは1973年までが絶頂期だっただろう。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との来日公演は、絶頂期の終りを告げただろう。ヴィーン・フィルハーモニー管弦楽団との関係を強めつつも、1989年7月16日、自宅を訪れた大賀典夫の目の前でこの世を去ったカラヤンには何が残っただろう。

 レーブルが描く実像には、常に自制しながら語るカラヤンを見つめている。カラヤンは本当に己をさらけ出せなかったか。「エエカッコシイ」だったか。それを問いかける。

 関根裕子の訳も読みやすい。国立音楽大学から筑波大学大学院、ヴィーン大学に留学、ヴィーン世紀転換期の音楽・文化を専門とする。こうした専門家を訳者にどんどん起用してほしい。

 

(音楽之友社 1850+税)

片山杜秀 大東亜共栄圏とTPP

 近代日本の思想史研究はもとより、近現代日本音楽研究、音楽社会史で定評ある片山杜秀はNHK-FM「クラシック音楽の迷宮」を担当、朝日新聞、レコード芸術などで音楽評論を執筆している。アルテス・パブリッシングから「音盤考現学」、「音盤博物誌」、「クラシック迷宮図書館(正・続)」、「線量計と機関銃」、「現代政治と現代音楽」を出版している。この「大東亜共栄圏とTPP」は7冊目に当たり、自ら担当する衛星デジタル放送ミュージック・バードの番組「パンドラの箱」の内容をまとめたものである。

 「パンドラの箱」は2010年4月に始まり、今年で7年。民進党政権から自民党政権へ戻っていく時代の流れを様々な音楽を聴きつつ論じていく。まず、諸井三郎「ピアノソナタ第2番」に始まり、「君が代」、「ラ・マルセイエーズ」、ピエール=オクターヴ・フェルー「群衆」のような日本では知られていない作品、軍歌、ヒンデミットの作品、スーザの行進曲、シェーンベルク「月に憑かれたピエロ」、守田正義「働く女性の歌」、石井歓の映画音楽、「巨人の星」の主題歌、渡辺浦人、交響組曲「野人」からの抜粋、佐藤勝「皇帝のいない8月」、ヴァーグナーへと至る。ナショナリズム、尖閣諸島問題、選挙、現在の安倍政権に関することを明快に論じている。

 音楽を通じて世相を読む片山の姿勢を示した一冊である。

 

(アルテス・パブリッシング 1600円+税)

赤坂治績 団十郎とは何者か 歌舞伎トップブランドのひみつ

 歌舞伎の大名跡、市川団十郎を論じたものとして、中川右介「悲劇の名門 団十郎12代」がある。今回、演劇評論家、赤坂治績が朝日新聞から出版したこの書は、歌舞伎・江戸文化の歴史の中で歌舞伎の大名跡、市川団十郎を12代にわたって論じ、好著の一つである。初代団十郎から12代団十郎、現在の市川海老蔵に至る市川宗家の歴史を歌舞伎・江戸文化から論じている。また、巻末に歌舞伎十八番の解説もある。

 団十郎家の出自、家紋、4代団十郎の出自、歌舞伎十八番、初代団十郎の横死、2代目団十郎の恋、5代目団十郎と4代目松本幸四郎との抗争、天保の改革での7代目団十郎の江戸追放、8代目団十郎の自殺、11代目団十郎の「我が闘争」といった歌舞伎の歴史の中での団十郎にまつわる事件を丹念、かつ良心的な筆致で論じている。現在の市川海老蔵のバーでの殴打事件も良心的である。

 しかし、海老蔵は小林真央夫人を喪った。そんな中で歌舞伎座7月公演を見事に演じ切ったとはいえ、課題もあった。夜の部「日本駄右衛門」では長男、勸玄君との親子宙乗りを見せ、話題となったものの、いくつもの役をこなすにあたって、性格描写が甘くなった面がある。様々な試みを重ねることも一つの道だろう。一方で、古典も大切にして、13代目団十郎を襲名するなら、時間をかけてほしい。赤坂もそう望んている。

 良心的な団十郎論として、一読をお勧めしたい。

長谷部浩 天才と名人 中村勘三郎と坂東三津五郎

 中村勘三郎と坂東三津五郎。共に1955年生まれで、昭和・平成の歌舞伎界を支えた名役者でありながら、円熟期に惜しまれつつ世を去った。勘三郎は2012年、57歳、三津五郎は2015年、59歳。誰もがその早世を惜しんだ。

 この2人に接していた演劇評論家、長谷部浩が勘三郎が天才子役、勘九郎、三津五郎が踊りの家、坂東家に生まれ、八十助として修業を続んでいった時期から2人の死までを見つめ、語った名著で、新書版とはいえ、歌舞伎への愛情、畏敬の念がにじみ出ている。

 勘三郎は「一条大蔵卿」、「寺子屋」、「鬼揃紅葉狩」を見ている。「寺子屋」は中村福助、市川猿翁、尾上菊五郎、坂東玉三郎が揃った、見事な舞台であった。「鬼揃紅葉狩」も市川猿翁、坂東玉三郎との共演で、最後は「澤瀉屋」、「中村屋」と掛け声が飛び交ったことを思い出す。1998年のNHK大河ドラマ「元禄繚乱」で大石内蔵助を見事に演じている。1975年の大河ドラマ「元禄太平記」では大石の息子、主税を演じていたこともあり、それが調和して、素晴らしい大石を演じたことは今でも印象に残っている。今思うと、勘三郎は「仮名手本忠臣蔵」でも大石を演じたかっただろう。それが叶わず亡くなったことは残念である。

 三津五郎は2014年8月の歌舞伎座、納涼歌舞伎公演での「たぬき」が素晴らしい舞台で、これが最後になったことを思うと感慨深い。死んだと思われた商人が息を吹き返し、愛人の許へ行ったら、新しい恋人ができていた。ここは全てを捨て、大商人となったものの、自分の息子が父だとわかると、元の家に戻っていく。面白おかしな物語の中に人間の孤独、寂しさをにじませていた。八十助を名乗っていた頃、1978年のNHK朝の連続テレビ小説「おていちゃん」では、主人公の兄役を演じた。歌舞伎役者になったとはいえ、町の芝居小屋ではもてはやされても帝国劇場のような大舞台に出ても端役だけという悲しさも味わう現実をリアルにえがいた。

 長谷部は2人の活躍ぶり、人間としての魅力を描きつつ、芸への執念、新しい試みへの挑戦をつぶさに観察、愛情をこめて筆を進めていく。歌舞伎を真に愛し、理解、かつ観ている人しか書けないだろう。天才と言われても精進を重ね、新しい試みに挑戦する勘三郎。踊りの名人としても素晴らしい舞台を見せる三津五郎。観察力、洞察力の素晴らしい筆致で2人の歌舞伎人生を追い続けた。円熟期での死を惜しむ心情が伝わって来る。

 歌舞伎を真に愛する人にはお勧めしたい1冊である。

大宅映子編著 大宅壮一のことば

 戦後日本を代表するジャーナリスト、評論家の一人、大宅壮一(1900-1970)は、50代以上の方々は、フジテレビ「大宅壮一サンデーニュースショー」でご存知だろう。この書は大宅の三女で評論家、日本初の雑誌図書館「大宅壮一文庫」理事長を務める大宅映子が、大宅の著作全集から抜粋してまとめたものである。

 大宅は、テレビについて、

「テレビというものは非常に低俗なものであり、テレビばかり見ていると一億総白痴化になる。」

と草創期のテレビ番組を批判していた。しかし、テレビのニュースキャスターとして1960年代の日本の世相、社会、政治を様々な角度から見つめ、批評して来た。この時期のテレビのニュースキャスターを見ると田英夫、小川宏、古谷綱正など、素晴らしい人材が輩出した。

 また、大宅自身、テレビというメディアを愛し、活用した面もある。その中で、マスコミの力、レッテル化の功罪を論じている。1960年代の自民党政治、野党に厳しい目を注ぐ。また、志賀直哉、谷崎潤一郎、川端康成、石川淳、安倍公房、石原慎太郎などの作家たちへの眼差しも鋭い。ただ、大宅は1970年11月22日、70歳で生涯を終えたため、3日後の25日に起った三島由紀夫の自衛隊乱入、割腹自殺を遂げた「三島事件」まで生きていたら、どんな言葉を残しただろうか。昭和の虚構を見抜く力も素晴らしい。天皇制、公明党と創価学会、アポロ11号の宇宙飛行士への文化勲章授与、大阪万国博への批判も、平成の今に響くものがある。

 映子氏はインターネットで「白痴化」が進んだこと、政治家の劣化が進んだこと、作家と社会とのあり方、2016年に東京都知事となった小池百合子氏に対しても厳しい視点を向けている。昭和を論じた父親と平成の今をしっかり見据えている。

 歴史・世相・社会を考える際、この書は大きな意義がある一冊である。

 

(KADOKAWA 1200円+税)

 

大内孝夫 「音楽教室の経営」塾①「教えるのは誰のために?」 ②「たった2つのキーワード」

 武蔵野音楽大学で会計学/キャリアデザイン講師として、音楽大学での就職、音楽教室などの会計、経理などの指導に当たっている大内孝夫は、「『音大卒』は武器になる」、「『音大卒の戦い方」を出版、音楽大学生の就職活動、キャリア育成のあり方を説いた。

 これに続き、2巻にわたる音楽教室の経営について説いた「『音楽教室の経営』塾」全2巻を出版、これからの音楽教室の経営のあり方を実践的に説いている。

 第1巻では「なぜ、教えるのか」という問いに始まる。そこから、音楽教室が成長産業になり得ることを指摘、プロ意識を持つことの大切さを説く。経営にはイノベーション、マーケティングの必要性を説く一方、音楽大学の卒業生の人間性の弱点、経営面での弱点を指摘した上で、インターネット社会を踏まえ、ホームページ、Facebook,TwitterといったSNSの活用、音楽大学を卒業後、一般企業に就職した上で音楽教室を開業することを提言している。

 第2巻ではイノベーション、マーケティングを基本に、新しい分野への進出、音楽教室の可能性、教室の結束・連帯、音楽による社会形成への可能性を提言している。

 この2巻を読みながら、音楽家に社会性が乏しいという指摘をどう乗り越えていくべきかを考えた。音楽学を学んだとはいえ音楽学者、評論家、ライターで生活できる人材も少ない。ましてや、一般大学出身者が目立つ。その中には、ガセネタ本を出したり、マユツバものもいる。こんな「偽り」評論家、ライターを排除することも音楽教室の役割だということも改めて感じた。

 

(音楽之友社 全2巻 各1600円+税)

ウィリアム・ウェーバー 音楽と中産階級 演奏会の社会史

 これは1983年、法政大学出版局から城戸朋子の訳で出版、2015年に新装版として再版されたものである。

 1830-1840年代のロンドン、パリ、ヴィーンの中産階級の台頭とコンサートがどのような形で行われていたかを示す社会史としての史料価値はある。市民革命により中産階級が台頭、下層市民階級への音楽の広まりではロンドン、パリでは発展した一方、絶対主義が根強かったヴィーンはディレッタントが強く、定期演奏会形式のコンサートは1842年、ヴィーン・フィルハーモニー管弦楽団設立に至るまで、宗教音楽演奏会が中心となった。ヴィーン楽友協会のコンサートは、1860年代、ブラームスが常任となるまで演奏水準が低かった。また、出版社で作曲家、ハスリンガーによるサークルの閉鎖的体質だったこともコンサートの水準の向上を妨げていた。

 また、ロンドン、パリ、ヴィーンでは下層市民向けのプロムナード・コンサートが始またたこと、合唱団、オーケストラ設立の動きも出て来る。ドイツ・オーストリアの場合、合唱団の活動がルネッサンス・バロック音楽復興に寄与したことは大きい。都市の音楽協会設立がメンデルスゾーン、シューマンの活動の源泉になったことも重要である。

 ただ、城戸の訳は読みやすいとはいえ、そろそろ新訳出版が必要ではなかろうか。原書の改訂の可能性もあるだろう。その際、欠陥も出て来るだろう。その意味でも新訳を出版する意義はあるだろう。

 

(法政大学出版局 3500円+税)

 

東川清一 音楽理論入門

 東京学芸大学、国立音楽大学、武蔵野音楽大学などで教鞭をとり、バッハ研究の第一人者、東川清一による古今東西の音楽理論の心髄を解明した著作で、1994年、音楽之友社から「だれもしらなかった楽典のはなし」が筑摩書房から文庫版として出版された。この版では53等分割律音階に関する記述が加わり、旧版より内容の濃いものとなっている。

 恩師の一人、東川先生でも、楽典は「初心者のための入門書」、「音大受験生のための入試対策問題」と考えていた。しかし、音楽理論が単なる「知識」でいいかと感じた時に、音楽之友社の雑誌「教育音楽 中学/高校版」1981年1月号から連載するようになり、音楽学面から論じていった。武蔵野音楽大学3年の1982年、そうした観点から音律論を取り上げられたことを思い出す。1980年代から古楽演奏が興隆して、バロック時代の演奏ピッチにも大きく貢献した面もある。

 参考文献として、New Grove,MGG,Harvard Didtinary of Music, The New Harvard Dictionary of Musicといった音楽学の基礎文献、先生ご自身が翻訳されたテュルク「クラヴィーア教本」、ご自身の著作「音楽理論を考える」、「日本の音楽を探る」、「シャープとフラットのはなし」をはじめ、武蔵野音楽大学研究紀要「西洋音楽史上の音組織論にみる類・均・調・旋法をめぐって(2)ーーティンクトリスの旋法理論ーー」を中心にまとめ、それまでの集大成となっている。

 この書は音楽を学ぶ人、聴く人のための総合入門としてぜひご一読をお勧めしたい。文庫版となったこともあり、座右の書となるだろう。

 

(筑摩書房 1300円+税)

クリストフ・ヴォルフ モーツァルト 最後の4年 栄光への門出

 僅か35年の生涯にあらゆるジャンルで名作を残したモーツァルト晩年の1787年~1791年の創作、社会的地位、旅行を新しい視点でとらえた研究書として注目すべき1冊である。日本の音楽学を代表する磯山雅の訳で出たこの書は、原書の英語版、ドイツ語版を参照した上で最新情報も取り入れた労作である。

 この時期のモーツァルトは借金続きで、経済的に困窮していたとされた。一方、オーストリア帝国宮廷作曲家、聖シュテファン大聖堂副楽長といった社会的地位も得た。ヴォルフはモーツァルトが遺した断章も分析して、モーツァルトが試みた要素、作曲上の動機展開、楽器用法での斬新さに注目した。また、オペラ「魔笛」、「皇帝ティトゥスの慈悲」での新たな取り組み、絶筆となったレクイエムでの試み、3大交響曲、第39番、K.543、第40番、K.550、第41番、K.551「ジュピター」、ピアノ・ソナタ、K.533-K.494の再評価も行った。舞曲での試みにも光を当てている。

 こうしたモーツァルトの取り組みが先輩ハイドン(1732-1809)に大きな影響を与えたことは確かだろう。ハイドンがロンドンで初演した交響曲、ピアノ・ソナタ、Hob.49-Hob.52の4曲が示している。その意味でも、この書は重要である。ベートーヴェンにも大きく影響しただろう。

 ともあれ、これだけの労作が日本の音楽学を代表する磯山氏の訳で出たことは大きい。ご一読を勧めたい。

 

(春秋社 2500円+税)

 

ハンス・ヨアヒム・ヒンリヒセン シューベルト

 「フランツ・シューベルトの誕生」の著者、堀朋平がハンス・ヨアヒム・ヒンリヒセンのシューベルトの評伝を翻訳、出版した。堀自身、2013年にこの書の翻訳を決意した。それが著書と共に新たなシューベルト像を明らかにしたといってよいだろう。

 シューベルトが生まれ育ったヴィーン、オーストリアの社会、ナポレオン戦争後のヴィーン体制がもたらしたビーダーマイアー文化、いわゆる「フォアメルツ(1848年の3月革命前)」の時代、友人たちのサークルといった背景から始まり、交響曲、室内楽曲、歌曲、オペラ、宗教音楽を取り上げ、創作上の危機となったベートーヴェンの存在を経て、後期の名作へと至る過程を描きだす。オペラ「アルフォンソとエストレッラ」、「フィエラブラス」上演過程、作品の再評価への道を示している。

 室内楽曲では1823年、イグナーツ・シュパンツィッヒが貴族の後援などから完全に独立したプロの弦楽四重奏団を決成、演奏活動を行うようになったことを背景に、シューベルトが新境地を開いたこと。交響曲では第7番、D.759「未完成」から第8番、D.944「グレート」への成熟、歌曲集「冬の旅」D.911でのメッテルニヒ体制の閉塞感、統一性への言及。トビアス・ハスリンガーが「白鳥の歌」D.857としてまとめた、6曲のハイネ歌曲が連作歌曲集として意図したこと、自作出版への意欲。新しいシューベルト像を示した好著だろう。

 仮に、シューベルトがハイネの詩による連作歌曲集を完成、出版していたら、シューマンが「リーダークライス」Op.24、傑作「詩人の恋」Op.48を作曲しても、どうだったか。音楽史を大きく変えただろう。その意味でも、堀による訳書出版は大きな意義があった。

 「フランツ・シューベルトの誕生」と共に、シューベルト研究に欠かせない好著が出たことを心から喜びたい。

 

(アルテス・パブリッシング 2200円+税)

 

堀朋平 フランツ・シューベルトの誕生

 2005年からシューベルト研究に取り組んで来た堀朋平の集大成で、2013年、東京大学大学院人文社会系研究所に提出した博士論文である。

 フランツ・ペーター・シューベルトが生まれ育った歴史・社会背景、文学・思想背景を軸に、シューベルトの中心となった歌曲を軸に、文学ではゲーテ、シラーから初期ロマン主義のノヴァーリス、シュレーゲル、シューマンに影響を与えたジャン・パウル、フランツ・フォン・ショーバー、ヨーゼフ・シュパウン、ヨハン・マイヤーホーファー、ヨーゼフ・クーベルヴィーザーといった友人たちとの交流からシューベルトの本質を論じている。

 また、未完に終わったピアノ・ソナタ、D.571、連弾のソナタ「グラン・デュオ」D.812、交響曲第7番、D.759「未完成」などに触れ、シューベルトの音楽の本質に迫っている。あくまで歌曲中心とはいえ、シューベルトを理解するには歌曲は欠かせない。その上、同時代人でもあったベートーヴェンの影響にも言及している。ベートーヴェンの「運命の動機」がシューベルトでは「痛み」となっていることも指摘する。

 シューベルトはオペラも作曲している。そのひとつ、「アルフォンソとエストレッラ」の真価が評価されていない最大の原因は、ショーバーの台本があまりにも冗漫だということにある。しかし、堀はショーバーの台本がノヴァーリス風メルヒェンに基づくものだということを明らかにした。シューベルト、ショーバーがノヴァーリス、シュレーゲルの影響を受けていたことは新しいシューベルト像への第1歩だろう。

 この書は日本におけるシューベルト研究書として真っ先にお勧めしたい一冊である。値段から見ると高価とはいえ、シューベルトの交響曲、室内楽曲、ピアノ曲研究、演奏への一里塚となる。

 

(法政大学出版局 5500円+税)

 

林田直樹 ルネ・マルタン プロデュースの極意

 日本では2005年のゴールデンウィークから始まった音楽祭、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン。2017年で12年目を迎え、親子連れをはじめ、多くの聴衆を集める一大イヴェントに成長した。このラ・フォル・ジュルネは1995年、フランスのナントで始まり、複数のコンサートを組み合わせ、朝から晩まで何十何百と行い、安価な入場料、いくつかはしごして楽しめるようにした。これは日本でも踏襲されている。

 多くの人々をクラシック音楽を提供すること。好奇心をそそるテーマ・楽曲・プログラミングの多様性。演奏家には新しく耳を傾けてくれる聴衆との出会いの場になったこと。クラシック音楽は全ての人の宝。これこそ、大切なことではないか。

 音楽評論家、林田直樹がこの音楽祭を企画、プロデュースに当たったルネ・マルタンにインタビューして、ラ・フォル・ジュルネの本質を日本の聴衆に伝えている。まず、好奇心、豊かさと夢、全ての架け橋となること。クラシック音楽は全ての人々の宝である。音楽祭の企画には音楽、低価格が不可欠であること。演奏家と聴衆との出会い。企画はプロデューサーの勉強の場であるとともに、何ができるか考えること。相手との距離。独立性の大切さ。使命感と天職としての自覚。ビジネスには愛が必要であり、相手への敬意、愛情の大切さ。自己貫徹、人と会って細やかに話をすること。新しい耳、聴くことと静寂。美しい風景。場所。マルタンは人間としての独立心を保ちつつ、人に敬意を払い、かつ尊重する姿勢を重視する。

 また、人生における家庭・家族の大切さ、セックスの大切さも説く。これは日本における性のあり方への警鐘でもある。子どもの頃から性の大切さを説くことは、人間の存在・尊厳・愛の本質を真に理解することカギになるだろう。さらに、民主主義の本質・宗教の尊さを説きつつ、クラシック音楽は魂の言葉であると締めくくる。その根底にはローマ・カトリック信者としての強い信仰心がある。

 ルネ・マルタンは日本を真の文化国家たらんとして、この音楽祭を企画・プロデュースして来た。類似の催しとして、仙台で行われる仙台クラシック・フェスティバルもこの音楽祭がなかったら実現しなかっただろう。外来演奏家・オペラに2~3万円、5~6万円といった高額入場料を取る風潮も転機を迎えている。ラ・フォル・ジュルネを契機にこうした風潮を改める動きが出てほしい。

 

(アルテス・パブリッシング 1400円+税)

 

日本ヴァーグナー協会 ヴァーグナーシュンポシオン 2016

 日本ヴァーグナー協会年刊「ヴァーグナーシュンポシオン」2016年は、高橋順一がテーオドール・ヴィーゼンルンド・アドルノ「ヴァーグナー試論」を取り上げ、ヴァーグナーにおける現代性を論じた「ヴァーグナーにおいて救済されるべきものとは何か」、沼野雄司が「5000ドルの行進曲――ヴァーグナー〈アメリカ独立100周年記念行進曲〉をめぐって」でヴァーグナーとアメリカ、アメリカのヴァーグナー受容史を論じ、大津聡訳によるヴォルフガング・ラートヘルト「ヴァーグナーと新音楽」はヴァーグナーから20世紀音楽への道を論じ、ヴァ―グナーから20世紀音楽への道、20世紀音楽への影響を見事に解き明かしている。

 この3つの論文はヴァーグナーから20世紀音楽への移行過程、アメリカにおけるヴァーグナー受容史研究には欠かせない好材料を提供している。ことに、ラートヘルトは音楽技法面からドビュッシー、ラヴェルにおける近代フランス音楽、シェーンベルク、ベルク、ヴェーベルンによる12音技法、カールハインツ・シュトックハウゼンに至る20世紀ドイツ音楽史を総括したものとしても貴重、かつ重要である。

 東京フィルハーモニー交響楽団首席フルート奏者、斎藤和志はオーケストラから見たヴァーグナー演奏の難しさを伝えていた。新井鷗子はテレビにおけるクラシック音楽の諸問題を取り上げ、ヴァ―グナーはもとより、クラシック音楽をテレビで伝えることがいかに難しいかを論じた。こちらも私たちにとって重い問いだろう。

 2015年のバイロイト音楽祭報告では、カタリーナ・ヴァーグナー演出による「トリスタンとイゾルデ」が救いようのない恋愛という解釈を打ち出したもので注目された。国内のヴァーグナー上演では、新国立劇場「さまよえるオランダ人」、「ラインの黄金」、東京・春・音楽祭「ヴァルキューレ」、読売日本交響楽団「トリスタンとイゾルデ」を取り上げている。新国立劇場、東京・春・音楽祭の上演が高い評価を得た。

 国内のヴァーグナー文献では、鈴木淳子がアルテス・パブリッシングから出版した、ヴァーグナーと反ユダヤ主義、ナチズムを取り上げた「ヴァーグナーの反ユダヤ思想とナチズム――『わが闘争』のテクストから見えてくるもの」の評価が高い。ヴァーグナーの反ユダヤ主義、ナチズムとの関係はフリーデリント、ヴォルフガングの長男、ゴットフリートも取り上げている。鈴木の研究は「ヴァーグナーと反ユダヤ主義」(こちらもアルテス・パブリッシング)に続くもので、この2冊はヴァーグナーはもとより、ドイツ近現代史研究には欠かせないだろう。海外のものではヴァーグナー書簡集、グンター・ブラーム「同時代の写真に映されたリヒャルト・ヴァーグナー」、ヨッヘン・ヘーリッシュ「女の与える歓びと値打ちーーリヒャルト・ヴァーグナーによる理論の劇場」、ヘンレク・ニーベロング「ヴァーグナーの劇作品におけるセックスとアンチセックス」を取り上げている。いずれ、日本語版が出ることを期待する。

 ヴァーグナーのみならず音楽史上の諸問題、日本のクラシック音楽が抱える問題を捉え、考察する一つの手引きとなるだろう。

 

(東海大学出版部 2900円+税)

 

小野光子 武満徹 ある作曲家の肖像

 20世紀を代表する作曲家の一人、武満徹(1930-1996)の本格的な評伝が出た。著者、小野光子は20世紀の文化を築いた存在として捉え、音楽はもとよりテレビ、ラジオ、映画、演劇との関わりから武満の全体像を考察、再評価したことは大きい。

 小野は「日本の作曲20世紀」、「武満徹 音の河のゆくえ」で武満作品のリストを作成、小学館から出た「武満徹全集」の編集、新潮社から出た「武満徹作品集 5」では作品表作成に当たり、訳書として、ピーター・バート「武満徹の音楽」がある。本著は小野の武満研究の総決算である。

 武満夫人、浅香氏をはじめ、多くの人々の協力あっての成果であり、武満徹の全体像をくまなく描きだしたことには敬意を表したい。映画音楽、放送音楽での武満の功績は計り知れない。ことに、1981年、NHKで放送されたドラマ「夢千代日記」の素晴らしさは多くの人々の心の中に焼き付いている。その他、映画音楽での武満の功績も日本音楽学会でも取り上げられた。

 私たちは、20世紀音楽で武満徹の音楽がレパートリーとして定着していることをどう考えるか。この書にはその答えがある。武満研究には座右の一冊となろう。

 

(音楽之友社 5500円+税)

 

佐野智子 高田三郎 祈りの音楽

 日本を代表する作曲家の一人、高田三郎(1913-2000)の主要作品、典礼聖歌、合唱組曲「水のいのち」、「心の四季」を取り上げた研究書として重要な一冊である。著者佐野智子は教職につく傍ら、高田作品の研究を志し、兵庫教育大学大学院、大阪大学大学院で高田作品の研究に打ち込んだ。佐野も在職中、高田作品を部活動でも取り上げ、合唱団でも歌っていた。

 高田の自伝「回想の記」は日本音楽舞踊会議の機関誌「音楽の世界」でも連載され、高田の死の直前まで続き、ローマ・カトリック修道院関係の読者を多く集めた。これは編集長だった助川敏弥氏の業績の一つでもあった。高田も日本音楽舞踊会議の新年会に出席している。

 本書の構成は高田三郎の生涯・音楽の概説、高田のローマ・カトリック信仰から生まれた典礼聖歌、「水のいのち」、「心の四季」の分析、高田の生涯の年譜、作品全体の資料、典礼聖歌に関する資料、作品の演奏活動記録となっている。

典礼聖歌では高田が日本語を生かしつつもグレゴリオ聖歌のソレムとの融合を図ったこと、「水のいのち」では高野喜久雄の詩集に出会い、作曲に当たって改作を要請、今の形になったことがわかる。「心の四季」でも吉野弘にも改作を求め、素晴らしい作品に仕上げている。詩人に改作を求めた上で入念、かつ言葉の重み、意味を掘り下げた作品に仕上げ、今日歌い継がれる作品となった過程が伝わる。

 演奏活動編では高田作品を取り上げて来た合唱団関係者の言葉から、高田作品への思いが読み取れる。高田作品が多くの人々に歌い継がれた証でもあろう。

 ローマ・カトリック信者として、クリスチャン・ネーム、ヨゼフ・ダヴィドを名のり、自らの信仰から生まれ、日本語を大切にした高田三郎の集大成の典礼聖歌、代表作「水のいのち」、「心の四季」を取り上げたとはいえ、高田作品を理解するためには重要な一冊としての価値がある。

 

(音楽之友社 3500円+税)

 

ヴォルフガング・シャウフラー マーラーを語る 名指揮者29人へのインタビュー

 オーストリアの出版社、ウニヴァーサル社国際宣伝部長を務めるヴォルフガング・シャウフラーが現代の名指揮者29人にグスタフ・マーラー(1860-1911)の生涯、交響曲に関するインタビューを行ったものを纏めている。その中にはクラウディオ・アバド、ロリン・マゼール、ピエール・ブーレーズといった今は亡き名指揮者たちも含まれている。

 多くの指揮者たちに共通することはブルーノ・ヴァルター、オットー・クレンペラー、レナード・バーンスタインに言及している。ことに、バーンスタインに関して、ミヒャエル・ギーレンは「マーラーを俗悪にした」と厳しく批判する。また、ヴァレリー・ゲルギエフ、マリス・ヤンソンスはロシアでのマーラー受容が遅かったことを指摘している。マイケル・ティルソン・トーマス、アラン・ギルバートにはバーンスタインの影響が強かったりする。バーンスタインには功罪両面あっても、その影響力の絶大さは誰しも認めている。

 バーンスタインこそ、全身全霊でマーラーを受け止め、表現したこと、マーラーの作品受容に大いに貢献し、マーラーの音楽を広めていったことは誰しも評価している。また、ヘルベルト・フォン・カラヤンがマーラーに取り組みだしたことも重要だろう。また、ギルバートは、マーラーがニューヨークでは投げやりだったこと、人生に疲れていたことも見て取っていた。その頃、マーラーは妻アルマとの関係が悪化し、アルマが建築家ヴァルター・グロピウス(1883-1969)と恋愛関係に陥ったことが大きい。その面も踏まえている。

 どの指揮者たちもマーラーの音楽、生涯に対して正面から向き合い、自らのマーラー観を語る。そこから、私たちもわからなかった新たなマーラー像が垣間見えてくる。

 天崎浩二の訳は、専門家などのチェックを経て読み応えある訳に仕上げている。

 

(音楽の友社 3100円+税)

エリック・ライディング、レベッカ・ペチェフスキー ブルーノ・ヴァルター 音楽に楽園を見た人

 20世紀を代表する名指揮者、ブルーノ・ヴァルターの本格的な評伝で2001年初版、これは2006年版の訳である。本文だけでも578ページにわたり、1876年、ベルリンに生まれ、マーラーの助手を務めた後ミュンヒェン、ヴィーン、ベルリン、ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団常任を務めたものの、ユダヤ系ゆえにナチスの迫害を受けアメリカに亡命、ニューヨークめフィルハーモニック管弦楽団、メトロポリタン歌劇場でも活躍、晩年はコロンビア交響楽団でレコーディングを続け、1962年、この世を去った。作曲家としても交響曲、室内楽曲、歌曲を残している。

 ヴァルターの生涯をたどると妻エルザ、長女ロッテ、次女グレーテルをはじめ、ソプラノ歌手デリア・ラインハルト、トーマス・マンの娘エリカといった女性たちが登場する。また、アルトゥーロ・トスカニーニ、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、オットー・クレンペラー、ディミトリ―・ミトロプーロス、レナード・バーンスタインといった名指揮者たちとの関係も生々しい。ことにフルトヴェングラーについて、トスカニーニ宛の手紙で、

「フルトヴェングラーの感じはーー少なくとも私にとっては――政治的にも、人格的にも、芸術的にもーー我慢できません。(中略)フルトヴェングラーの念頭にはただ一つのことしかありません。それは自分のこと、自分の栄光、自分の成功です。彼には才能があり、存在感のある人ですが、心根は悪い。それは彼の音楽作りにすら表れています。私は今ヴィーンにいて、彼がいかに悪い人間であるかの新しい証拠も手にしました。私に対する彼の『陰謀』のせいです。」

と人間性に関する辛辣な批判を綴っている。フルトヴェングラーに関して、これだけ厳しい批判はないだろう。

 実際、フルトヴェングラーの人間性に関して、あまりにも自己中心的という批判が根強い。リヒャルト・シュトラウスへの嫌がらせなどの事例がある。今後の課題だろう。

 デリア・ラインハルトは妻エルザの死後、再婚相手として考えていたとはいえ、長女ロッテの反対にあい、断念する。デリアはヴァルターが亡くなるまで、側に付き添っていた。

 高橋宜也の訳は読みやすく、こなれている。かなりの分量とはいえ、ご一読をお勧めする。

 

(音楽之友社 6500円+税)

 

モース・ぺッカム 悲劇のヴィジョンを超えて

 アメリカの文化史家モース・ぺッカムによる19世紀文学、音楽、美術、哲学史を論じた優れた内容で、音楽ではベートーヴェン、シューベルト、ベルリオーズ、ショパン、メンデルスゾーン、シューマン、リスト、ヴァーグナー、ブラームス、ドビュッシー、文学ではゲーテ、スタンダール、バイロン、バルザック、ワーズワース、ブラウニング、ゾラ、ヴェルレーヌ、ボードレール、マラルメ、美術ではフリードリッヒ、ターナー、セザンヌ、ルノワール、マネ、モネ、ゴーギャン、哲学ではカント、ヘーゲル、ショーペンハウアー、ニーチェに至る。

 ぺッカムは19世紀文化、芸術、思想を社会の変化から捉え、ヨーロッパ市民社会における文化と思想、芸術のあり方を様々な視点から論じ、その本質に迫っている。19世紀後期から今日に大きな影響を与えたニーチェを、18世紀の啓蒙思想がロマン主義に至り、一つの行き詰まりを見せて来た時、人間の精神は世界の創造、虚無からの創造にあることによって解決したと位置付けている。

 ベッカムには「ロマン主義の勝利」、「ロマン主義と行動」、「ロマン主義とイデオロギー」(いずれも論文集)、「ロマン主義の誕生」、「ロマン主義の巨匠」といった19世紀文化に関する著作がある。これらの著作の日本語訳が出版されると、ロマン主義の本質を理解するうえでも重要だろう。ぜひ、実現してほしい。

 

(上智大学出版 ぎょうせい 4300円+税)

ヴァレリー・アファナシエフ 青澤隆明 ピアニストは語る

 ロシア出身、ベルギー在住の鬼才ピアニスト、ヴァレリー・アファナシエフ(1947-)が音楽評論家、青澤隆明のインタヴューにこたえる形で、人生の回想、音楽への思いを語り尽くしている。ピアニストでありながら小説、エッセイ、詩を書き、全て日本語訳が出ている。今回、講談社現代新書からこの書が出た背景には、「ピアニストのノート」を出版したことによる。

 人生の回想ではピアノとの出会い、ソ連時代のピアノ教育、背後でうごめく政治、KGBの影、ヤコブ・ザーク、エミール・ギレリスとの出会い、コンクール出場、ベルギーへの亡命、現在に至るまでを振り返っている。厳格なザーク、音楽、人生の師であったギレリスの思い出を語りながら、コンクールにうごめく政治、KGBがどのような形で圧力をかけたかも明らかになっている。西側での矛盾に気づいたりする。そんな中で芸術家、ピアニストとして成長した姿を淡々と語っていく。

 音楽ではアルトゥーロ・トスカニーニ、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーを始めとした名指揮者たち、アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリといった名ピアニストたちに触れ、ダヴィド・オイストラフ、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチをソ連時代に聴くべきだったと後悔している。また、ベート―ヴェン「悲愴」、「月光」、「熱情」レコーディング、ベートーヴェンのピアノ・ソナタへの思いが伝わって来た。さらに、2016年にリリースしたモーツァルト、ピアノ・ソナタのCDに関することもある。

 全編からアファナシエフの芸術家、音楽家、ピアニストとしての信条、思想が伝わって来る一冊である。新書版とはいえ、大変読み応え十分、ご一読をお薦めする。

 

(講談社 800円+税)

メアリー・ロートン編 闘うピアニスト パデレフスキ自伝(全2巻)

 これは、湯浅玲子が月刊「ショパン」に2年間、抄訳として連載、改めて上下2巻の全訳本として出版となった。ポーランドのピアニスト、作曲家で政治家パテレフスキの自伝は1940年4月に内山敏(河出書房)、9月に原田光子(第一書房)の訳で出たものの、完訳ではなかった。湯浅が「ショパン」の出版先ハンナから依頼を受けた形で訳したもので、パデレフスキの生い立ちから1914年、第1次世界大戦勃発までの前半生の回想となっている。湯浅によると、1914年から1937年までの回想録は、パデレフスキ自身がチェックすることなくこの世を去ったため、未出版のままとなっている。この前半生だけとはいえパデレフスキの生涯、19世紀から20世紀前半までの音楽史を知るには貴重な記録だろう。

 訳としては読みやすいとはいえ、ニコライ・ルービンシュタインをニコラス・ルービンシュタイン、オーストリア皇太子フランツ・フェルディナントをフランシス・フェルディナントと英語読みにしている。人名はあくまでも原語表記が原則であることを心がけてほしい。まえがきで、1940年を太平洋戦争勃発の年としているが、1941年である。歴史上のできごとの年代はしっかり覚えることが肝心である。再版の場合、こうした点はしっかり改善してほしい。

 全2巻とはいえ、大変優れた訳、文章であり、貴重な文献となろう。

 

(全2巻 ハンナ 3400円+税)

ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼル 時代に埋もれた女性作曲家の生涯

 ここ最近、多くの女性作曲家に関する研究が進んできた。その代表格がフェリックス・メンデルスゾーンの姉ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼル、ローベルト・シューマンの妻クラーラ・シューマンだろう。

 ファニーには「もう一人のメンデルスゾーンーファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼルの生涯」(山下剛 未知谷出版社)がある。これはドイツの音楽学者ウテ・ビュヒター=レーマーによる本格的な研究書で、姉弟揃って素晴らしい音楽の才能の持ち主だったファニーとフェリックスのとの関係、19世紀市民社会の女性像、ユダヤ人だったメンデルスゾーン家、画家の夫ヴィルヘルム・ヘンゼル、ヘンゼルとの間に生まれた長男セバスティアン、ファニーの音楽活動の中心となったメンデルスゾーン、ヘンゼル家の日曜音楽会、ファニーの作品を取り上げ、フェリックスの影に隠れていたファニーの全体像に迫っている。

 フェリックスが音楽家として才能を発揮、表舞台に飛び立っていく一方、ファニーは当時の市民社会における女性の慣習に従い、結婚、出産により主婦の役割を果たすこととなった。幸い、画家ヴィルヘルム・ヘンゼルとの結婚により、自宅での日曜音楽会により活動の場を得ることとなった。しかし、ファニーの作品は歌曲集、Op.4,Op.10のみ世に出ただけで、フェリックスも出版に消極的だった。ファニーの死後、作品の出版も進んだとはいえ、完全に認められるに至らなかった。また、当時のドイツの政治・社会への関心もあった。

 ファニーがヘンゼル、長男セバスティアンとイタリアに旅した際、音楽家ジョルジュ・ブスケ、シャルル・グノー、画家シャルル・デュガソーとの出会いが一筋の光明をもたらし、音楽家として高く評価されたことも大きかっただろう。ドイツへ帰り、家庭に押し込められたファニーの閉塞感との落差が大きい。

 1847年5月、ファニーの突然の死はフェリックス、ヘンゼルに大きな衝撃を与えた。フェリックスは半年後にこの世を去り、ヘンゼルは政治に関わるようになった。セバスティアンは農場経営者となった後、ベルリン・ホテル建設協会ディレクターとなった。しかし、ファニーの作品が1980年代後半になって再評価が進み、多くの作品の出版により、その全体像が明らかになった。フェリックスが始めたとされる「無言歌」はファニーが始めたものであることがわかり、フェリックスの作品のうち、いくつかがファニーのものではないかという指摘も出た。ファニーの作品がフェリックスと肩を並べるほどの内容だった。

 米澤孝子の訳、宮原勇の監訳は読みやすく、文章もしっかりしている。ご一読をお勧めする。

 

(春風社 2300円+税)

 

宮本直美 コンサートという文化装置

 ここ最近、日本音楽学会の支部定例研究会、全国大会で18世紀後半から19世紀市民社会におけるコンサート、合唱運動に関する研究発表を見ると、市民社会と音楽とのかかわりがどう進んだかが明らかになって来た。この書もその一つとして注目すべきである。

 まず、19世紀前半のオペラ・ブーム、パリのコンセール・スビリチュエルをはじめ、ドイツのゲヴァントハウス・コンサート、ロンドンのバッハ・アーベルコンサート、庭園を利用したプレジャー・コンサート、ロンドンのフィルハーモニック・コンサート、パリ音楽院コンサート、パリでのプロムナード・コンサートに発展する。

 19世紀前半のコンサートではオペラの序曲、アリア、重唱、合唱、ヴィルトゥオーソによる即興演奏などが中心を占めていた。その中で、オペラのアリアなどによるパラフレーズも見せ場の一つになっている。しかし、ヴィルトゥオーソの時代が終わりを告げると交響曲、協奏曲、管弦楽曲によるプログラム構成が主流となり、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンの交響曲がプロムナード・コンサートのような、大衆性が強い場所でも演奏されるようになった。

 19世紀といっても貴族階級の力は強く、限られた階層向けのコンサート・シリーズもあった。市民社会ではプレジャー・コンサート、プロムナード・コンサートのような気楽なものが中心だった。そのような場でも交響曲が演奏されたことは、市民社会もコンサート・ホールに足を運ぶようになったといえようか。それでも、ベートーヴェン、交響曲第9番の演奏が少なかったことは、多くの人々には難解だったかもしれない。ロマン主義の交響曲受容も難しかったことも理解できよう。

 これは多くの研究の成果を総合、かつ体系的に論じたもので、19世紀市民社会と音楽とのかかわり、ロマン主義音楽史にも一石を投じるだろう。

 

(岩波書店 2200円+税)

竹中亨 明治のワーグナー(ヴァーグナー)・ブーム 近代日本の音楽移転

 ドイツ近現代史、日独文化移転史を専門とする竹中亨が近代日本の西洋音楽受容史の一つとして、明治期のヴァーグナー、ベートーヴェン受容を中心に、日本における西洋音楽受容史としてまとめた。

 まず、明治期のヴァーグナー受容がオペラより、オペラの管弦楽曲、アリアなどのピアノ編曲によるものであった。日本での本格的なオペラ上演は、東京音楽学校でのグルック「オルフォィス」で、本格的なヴァーグナーのオペラ上演は、第2次世界大戦中、藤原歌劇団による「ローエングリン」であった。明治期の日本はオーケストラはもとより、オペラ劇場、歌手もいない。ヴァーグナーを知るには文献によるしかなく、多くの文人たちは舞台より断片的な音楽のみであり、ドイツ留学の機会に恵まれた場合、ヴァーグナーのオペラを堪能できた。

 宗教学者姉崎嘲風の実例、近代日本創設に当たり、西洋音楽を受容して文明国の一員たらんとする明治政府は多くの留学生たちを欧米に派遣した。永井繁子、津田梅子をはじめとした女子留学生、音楽取調掛から東京音楽学校となってからの幸田延、滝廉太郎、島崎赤太郎、東京音楽学校に赴任したルドルフ・ディトリッヒ、アウグスト・ユンケル、ラファエル・フォン・ケーベル、ルドルフ・ロイターといった外国人教授たちにも詳しく言及している。また、キリスト教の影響、外国人教授たちが英語で授業を行っていたことに触れ、英語を通じてドイツ音楽を受容していたことが明らかになっている。

 幸田が留学後、東京音楽学校教授、演奏家として華々しく活躍する一方、当時の男性中心社会のバッシングを受け、後半生「審声会」を作り、華族の子弟たちの育成に当たった。島崎赤太郎のライプツィッヒでの挫折、姿形を変えた先駆者たちの人生も描きだしている。

 しかし、竹中が久野久子を取り上げているとはいえ、山本尚志、原田稔による新たな説、それらを踏まえた上で私が2015年12月12日、日本音楽学会、東日本支部定例会で発表した新説からしても通用しない。久野は自らの音楽家、教師としての良心からの自ら命を絶った。この点については山本、原田を参照してほしかった。

 また、明治末期の「燃え尽き症候群」的な現象にも触れ、エリート育成が一段落して就職難が襲ったこと、音楽ジャーナリズムの成立、音楽家の人名表記も詳しく言及している。ヴァーグナー、ベートーヴェンをはじめ、西洋音楽を「頭」で聴く悪習が確立したこと、音楽評論家には音楽を実践、体験した者がいないことなど、今日に至る問題にも言及したことは大きいだろう。

 その上でもご一読をお勧めしたい一冊である。

 

(中央公論社 2300円+税)

萩谷由喜子 クロイツァーの肖像 日本の音楽界を育てたピアニスト

 レオ・シロタ(1885-1965)と共に日本の音楽界発展に貢献したピアニスト、レオニード・クロイツァー(1884-1953)の評伝としては山本尚志の評伝に次ぐ。萩谷由喜子はクロイツァーの生涯を丹念に追っている。ただ、参考文献を見ると、当時の音楽雑誌(音楽世界、音楽評論、月刊「楽譜」など)、新聞記事などを参照すべきではなかったか。

 単行本を見ると、凡そのところは問題ない。門下生の回想録を見ると、東京芸術大学関係、国立音楽大学関係に偏っているきらいがある。武蔵野音楽大学でも的場好美、片山泰子など、クロイツァーの門下生だった優れた教授もいた。私事で申し訳ないが私の恩師、西田幸子先生もクロイツァーの門下生だった。そういった意味でいくつか指摘させていただいた面があることをお許しいただきたい。

 今まで、日本ではショパン演奏家としてクロイツァーのことが話題に上ることが多かった。ベートーヴェン演奏家としてのクロイツァーは渡辺裕「西洋音楽 演奏史論序説」(春秋社)で取り上げている。萩谷もベートーヴェン演奏家としてのクロイツァーを認めている。ベートーヴェン演奏家としてのクロイツァーの研究を進め、「ヴァルトシュタイン」、

「告別」について、日本音楽学会て発表している。今後、「熱情」、第32番、Op.111、エロイカ変奏曲、Op.35も取り上げていくことにしている。

 萩谷の評伝も山本のもの共にクロイツァーを知るものには貴重な文献となるだろう。

 

(ヤマハ・ミュージック・メディア 2200円+税)

 

 

中野敏夫 戦争と詩歌 白秋と民衆、総力戦への「道」

 日本を代表する詩人、北原白秋の創作活動を近代日本の歴史から取り上げ、詩歌がいかにしてナショナリズム、戦争の道を用意したかを取り上げた著作として重要である。

 大正デモクラシーを見ると、政治面では原敬が政党政治を始め、普通選挙法が成立した。教育では「忠君愛国」への批判が高まり、沢柳龍太郎が「成城小学校」を設立したことに始まり、新しい教育のあり方が唱えられた。それが堅苦しい「唱歌」から、子どもの視線に立った「童謡」への道を開いた。これは明治期、滝廉太郎も試みた。文学でも鈴木三重吉による「赤い鳥」運動が始まり、「童謡」が誕生する。

 一方、多くの日本人たちが植民地となった朝鮮・台湾に渡り、事業を始めたり、職を得るようになった。朝鮮では日本人への反感が高まった。1919年3月1日の朝鮮独立運動、1923年、関東大震災の折の朝鮮人虐殺事件となった。日本人たちの間に中国人・朝鮮人蔑視が大きくなったことは見逃せない。

 中野は1923年の関東大震災に着目している。死者・不明者105000人を出した大災害の後、ナショナリズムの高揚により新しい民謡、国民歌謡が生まれ、戦争への道を突き進むこととなった。北原白秋はこの流れに乗り、多くの民謡歌を作り、時流に乗った詩を多数残すこととなる。1925年にはじまったラジオ放送が国民歌謡を広めていった。この動きについて、ソプラノ歌手で日本の歌に取り組んでいる藍川由美も著書「これでいいのか、にっぽんのうた」71ページ-80でこの問題を指摘する。

 国民歌謡を放送で推し進めたNHKの問題をはじめ、戦後の歌のあり方にも言及している。藍川の指摘も大きな意義を持って迫って来る。今こそ、近代日本における「歌」の問題を歴史から真摯に再考する時期に来ている。その上でもこの書をお勧めしたい。

 

(NHK出版 1200円+税)

 

 

長木誠司 フェッルッチョ・ブゾーニ オペラの未来

 3月19日、桐朋学園大学、調布キャンパスで日本音楽学会、東日本支部第35回定例研究会、シンポジウム「ブゾーニ再考」が行われた。ブゾーニの美学、作曲家としてのブゾーニから、これまでのブゾーニ像を問い直すものであった。

 そんな中、オペラ作曲家としてのブゾーニの全体像を明らかにした長木誠司の研究は注目すべきだろう。19世紀後期から20世紀初頭にかけて、イタリアにもヴァーグナーの影響が現れ、ヴァグネリズムの嵐が吹き荒れた。また、ブラームスをはじめとするドイツ音楽の影響も大きくなり、マルトゥッチ、ズガンバ―ティのように器楽作品中心の作曲家も現れ、ドイツ音楽の影響も顕著になって来た。それでも、イタリアはオペラ中心であった。

 ブゾーニはヴィルトゥオーソ・ピアニストとして世界的な名声を博し、バッハのクラヴィーア作品の校訂版を出版、今日でもバッハ演奏の一つの指針となっている。1894年以降、ベルリンに定住するようになり、当時のイギリス・フランスの音楽をドイツ・オーストリアに紹介したり、ピアノのマスター・クラスで教鞭を執ったりした。そんな中でオペラの創作活動を展開していった。

 ブゾーニはヴァグネリズムよりイタリアの「コンメーディア・デッラルテ」に立脚した一方、ヴァグネリズムの影響も受けていた。1924年のブゾーニの死によって未完となった「ファウスト博士」ではヴァグネリズムに立っている。悪魔メフィストフェレスとの契約より若返ったファウストが公爵夫人と駆け落ちし、子どもを儲けたり、古代ギリシアの美女ヘレナとの出会いを経て、メフィストフェレスが子どもの死骸を持ってくると、ファウストは子どもに戻っていく。ブゾーニはファウストの分身であり、ブゾーニの人生の総決算であることが明白となる。これはゲーテのファウストとも相通ずる面がある。その面からこのオペラの本質を明らかにした功績は大きい。

 オペラ作曲家としてのブゾーニの本質に迫った労作として高く評価したい。ブゾーニのオペラからイタリアのヴァグネリズムを再考することにもつながってほしい。

 

( みすず書房 5459円+税)

 

マーク・エヴァン・ボンズ 「聴くこと」の革命 ベートーヴェン時代の耳は「交響曲」をどう聴いたか

 アメリカの音楽学者マーク・エヴァン・ボンズによる19世紀ドイツにおけるハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンの交響曲受容史は、音楽の担い手が貴族のサロンから市民中心のコンサートホールへと移り行く中、当時の哲学者、文学者、音楽評論家たちが交響曲に何を聴き取ったか、ドイツ・ナショナリズムの高揚を捉えている。

 1789年に起こった第1次フランス革命は、ドイツ・オーストリア社会に大変革をもたらした。ナポレオンの登場によりドイツ・ナショナリズムが高揚する一方、近代市民社会成立には程遠い状況であった。領邦国家集合体のドイツが統一国家となったのが1871年、プロイセン王国中心のプロイセン・ドイツ帝国成立により、かつてのドイツの中心だったオーストリア帝国がオーストリア・ハンガリー帝国として余命を伸ばさざるを得なかった。そんな中で、交響曲がドイツ人のナショナリズム発展の糧になったことは言うまでもないだろう。

 その中でハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンの交響曲がいかに受容、享受されたか。カント、E.T.A.ホフマン、ヘルダーに始まりシューマン、ヴァーグナー、ハンスリックに至るドイツ精神史、音楽史での交響曲の位置、市民による音楽祭の意義づけも行っている。その中でロマン主義作曲家たちの交響曲観を再考するにも大きな意義があろう。シューベルト、メンデルスゾーン、シューマン、ブルックナー、ブラームスの交響曲の評価にもかかわって来る。

 ロマン主義作曲家たちが交響曲を作曲するにあたり、ベートーヴェンの存在がかえって重荷になった背景には、ベートーヴェンの交響曲がドイツ・ナショナリズムに大きな影響を与えたことによる。ベートーヴェンの交響曲、とりわけ第9交響曲、Op.125、第4楽章がシラー「歓喜によす」による独唱、合唱のフィナーレでありドイツ精神、ナショナリズムの高揚に一役買った。これが大きいだろう。

 これがハンスリックに至り、絶対音楽と標題音楽という区分け、ヴァーグナー派とブラームス派の音楽論争となっていく。20世紀に至ると音楽と政治との軋轢が本格化する。ボンズはそうしたことより、ベートーヴェン時代、19世紀初期の

市民社会に立ち戻る必要性を説く。

 今、私たちは音楽に何を聴き取り、何を求めるか。その意味でボンズは重要な問いを発している。近藤譲、井上登喜子の訳は読みやすく、文章も整っている。一読をお勧めする。

 

(アルテス・パブリッシング 2800円+税)