かげはら史帆 ベート―ヴェン捏造

 ベート―ヴェンの伝記ほど多くの人々に読まれているとはいえ、本格的なものはアレクサンダー・ウィーロック・セイヤ―、メイナード・ソロモン、ルイス・ロックウッドだろう。どれも英語圏からの出版で、ドイツ語圏ではない。ヨーロッパでの本格的なベート―ヴェン伝が出版できない最大の要因は、アントン・フェリックス・シンドラーの捏造されたベート―ヴェン伝、シンドラーが所有していたベート―ヴェンの会話帳への改竄・捏造である。

 セイヤ―、ソロモン、ロックウッド、シュテルバ、1977年のベートーヴェン没後150年の折、旧東ドイツでのベートーヴェンの会話帳へのシンドラーの改竄に関する報告などを取り入れ、シンドラーの生涯、シンドラーがいかにして「英雄神話」のベートーヴェンを描きださんとしていたかを捉えた一冊として注目すべきである。

 モラヴィアの教師の家に生まれ、ヴァイオリンを学び、ヴィーン大学の法学の学生となって、学生運動に身を投ずる。ドイツ統一の志を固めたとはいえ、挫折する。そんな折、ベートーヴェンに出会い、秘書となる。ベート―ヴェンにのめり込む一方、ベートーヴェンは厄介払いしたい。シンドラーが第9交響曲の初演後、収支問題でベートーヴェンのもとを去ると、カール・ホルツがやってきた。ホルツの方がベートーヴェンとの対応を心得ていたこともあってか、シンドラー以上の働きをするようになった。ベートーヴェンの甥カールの自殺未遂後、シンドラーは秘書に復帰、ベートーヴェンの最期を看取る。

 シンドラーはベートーヴェンの遺品として会話帳を受け取るものの、ベートーヴェンに不都合なもの、不要と考えたものを破棄したり、都合のいいように改竄した。その中には、カノン「タ・タ・タ・タ、親愛なるメルツェルよ」があり、長い間ベート―ヴェンの真作とされたものがシンドラーの偽作だったことも判明した。同時に、シンドラーのベートーヴェン伝も改竄が続くようになっている。

 かげはらは、シンドラーが如何にベート―ヴェンの会話帳を改竄し、ベートーヴェン像を捏造、「英雄神話」としてのベートーヴェンを創り出すことに成功した過程を描く。それを崩さんとしたセイヤ―は、甥カールとの関係に困惑、シンドラーに与した。20世紀後半、セイヤ―の英語版を校訂したエリオット・フォーブスがエディッタ、リヒャルト・シュテルバ「ベート―ヴェンとその甥」に基づき、修正した。それが1977年、旧東ドイツでのシンドラーによる会話帳改竄にもつながった。

 1995年、シュテファン・ヴォルフがベート―ヴェンと甥カールとの関係に関する新たな研究書を出版、2013年ダニエル・ブレンナーがシンドラーに関する研究書を出版している。これらの訳書出版にも期待しよう。