クリスティアン・マルティン・シュミット ブラームスとその時代

 西村書店による「大作曲家とその時代」シリーズは、ドビュッシー、ベルリオーズ、ベートーヴェンの3冊が出ている。今回、「ブラームスとその時代」は1982年発行とはいえ、ブラームスの本質を鋭く突いた好著である。

 日本ヴァーグナー協会「ヴァーグナー・シュンポジオン」2017年に、森泰彦「ヴァーグナーとブラームス」が掲載されたことも手伝い、ブラームスの作品、様式の本質を論じたものが出たことは、本格的なブラームス研究の始まりといえよう。

 ブラームスが表面的には保守であっても、ルネッサンス・バロック音楽の技法を研究、かつ演奏して自作に取り入れ、新しいものを生み出していったことは周知のとおりである。それが、シェーンベルク、ヴェーベルン、ベルクといった12音技法の作曲家たちにつながる。しかし、ブラームスに会ったとはいえ、皮肉な物言いを理解できず、

「視野の狭い小人。」

と酷評したマーラーが、シェーンベルクとの交友を通じてブラームスの音楽を受容することとなる。リヒャルト・シュトラウスもブラームスの影響を受けた一人である。

 これに対して、ヴァーグナーはオペラを通じて、「トリスタンとイゾルデ」で半音階技法を用い、機能和声解体へと進み、12音技法へ至る。また、「ニュールンベルクのマイスタージンガー」作曲中に、「ドイツ・レクイエム」作曲中のブラームスに会う。この2つの作品がドイツ統一と結びつき、ドイツ人たちは熱狂的に受け入れた。ヴァーグナー派、ブラームス派の音楽論争については、新ドイツ派批判はリストに向けられたものであって、ヴァーグナーではなかった。ただ、ヴァーグナー派はブラームスを敵視する一方で、ブラームスがヴァーグナーをそれなりに評価していたことを見落としている。シェーンベルクは、マーラー、シュトラウス、レーガーがヴァーグナー、ブラームスの影響を受けたことと明言している。ヴァーグナー亡き後、ブラームス派とブルックナー派の論争となった際、意図的なものであったことも明らかになっている。ブラームスが党派抗争を迷惑がっていたことは明白である。

 さらに、ブラームスの自筆草稿、書簡の問題にも触れている。ブラームスの書簡の場合、ドイツ・ブラームス協会による16巻の書簡全集が出たものの、新しい視点で出版すべきではなかろうか。1983年のブラームス生誕150年、1997年の没後100年でどうなっただろう。実費草稿の問題では、ベルリン国立図書館所蔵のものが戦争の影響で、ポーランドの所有となったものがある。また、アメリカでのブラームス自筆コレクションもある。自筆譜の問題も重要である。

 江口直光の訳も日本語として読みやすく、わかりやすい。ブラームス研究には重要な一冊として推薦したい。

 

(西村書店 4500円+税)