ユーディ・メニューイン、ヴィルヘルム・ケンプ ベート―ヴェン ヴァイオリン・ソナタ Op.47「クロイツェル」 Op.96 「フィガロの結婚」の主題によるピアノとヴァイオリンのための12の変奏曲 WoO.40

 

 ユーディ・メニューイン、ヴィルヘルム・ケンプによるベートーヴェン、ヴァイオリン・ソナタも大詰め。Op.47「クロイツェル」、Op.96、モーツァルト「フィガロの結婚」の主題による12の変奏曲、WoO.40である。

 Op.47はアフリカ系の血を引くヴァイオリニスト、ジョージ・ブリッジタワー(1778-1860)のために作曲、後にルドルフ・クロイツェル(1766-1831)へ献呈、この名で知られる。第1楽章。メニューイン、ケンプが互いに火花を散らし、白熱した演奏となっている。聴き手も引きずり込まれてしまう。第2楽章。ここでは巨匠の至芸が聴かれる。歌心に満ちた主題と変奏。時のたつのも忘れてしまう。第3楽章。ここでもメニューイン、ケンプが白熱した演奏を聴かせる。歌心も忘れていない。

 Op.96はフランスの名手、ピエール・ロード(1774-1830)のために作曲、ロードとルドルフ大公が演奏している。第1楽章は後期への入り口を思わせ、自由さ・ロマン性が漂う。そのせいか、メニューイン、ケンプが歌心たっぷりな演奏を聴かせている。第2楽章。メニューイン、ケンプによる歌心溢れる演奏を聴くと、巨匠の至芸を感じてしまう。第3楽章。ベートーヴェンならでのスケルツォでは闊達さ、トリオでの歌心の対比が素晴らしい。

素晴らしいひと時である。コーダはト長調。力強く締めくくる。第4楽章。変奏曲による。歌心溢れる主題はききもので、素晴らしい。メニューイン、ケンプがベートーヴェンの変奏技法に対応し、ロマン・闊達さを繰り広げて行く。

 モーツァルト「フィガロの結婚」の主題による変奏曲は、第1幕「殿様が踊るなら」を用いている。ベートーヴェンが初めてヴィーンに行った折、モーツァルトに会ったことは今日、疑問視されている。モーツァルトへの憧れがあったためか、オペラ「魔笛」のアリアを主題とした変奏曲がある。「フィガロの結婚」はこの作品のみである。メニューイン、ケンプの演奏も味わいに満ちている。ほのぼのした雰囲気が素晴らしい。

 この全集を全て聴き終わってみると、巨匠の至芸を改めて感じる。ベートーヴェン、ヴァイオリン・ソナタの定盤として長く残るだろう。

 

 

ユーディ・メニューイン、ヴィルヘルム・ケンプ ベート―ヴェン ヴァイオリン・ソナタ Op.30-1,2,3

 

 ユーディ・メニューイン、ヴィルヘルム・ケンプによるベートーヴェン、ヴァイオリン・ソナタはOp.30-1,2,3に入って来た。ベートーヴェンが新たな創作期に入り、意欲的な試みを行っていく。

 Op.30-1。第1楽章。ヴァイオリン、ピアノがポリフォニックに動き、調和していく。一見古典的とはいえ、抒情性たっぷりである。メニューイン、ケンプの息の合った演奏が楽しめる。第2楽章の歌心。若手には出せない、深みある味わいは絶品である。第3楽章の変奏曲では息の合った、歌心に満ちた演奏が素晴らしい。

 Op.30-2。ベートーヴェンらしいハ短調である。第1楽章から気迫こもった演奏が聴かれる。ケンプのピアノもこでは勇壮に響く。メニューインも気迫十分で応えている。緊迫感溢れる名演となっている。第2楽章の素晴らしい歌が聴きもので、内面からにじみ出るものとなっている。第3楽章。暗いハ短調に対してハ長調のスケルツォ。ある種の安らぎがあっても、つかの間だろう。第4楽章の不気味な出だし。大きく展開する。メニューイン、ケンプがスケールの大きな音楽作りを心掛けている。円熟した演奏家に許される内面性豊かな音楽。コーダの迫力は素晴らしい。

 Op.30-3。第1楽章。抒情性豊かでスケールの大きな音楽が広がっていく。歌心たっぷりで、ベートーヴェンが好んだ自然への憧れが伝わってくる。「田園ソナタ」と言えようか。第2楽章。メヌエット風で歌心に満ち、メニューイン、ケンプの至芸に接することができよう。深みたっぷりの音楽は絶品である。第3楽章。ピアノ、ヴァイオリンが素晴らしい調和を取りながら、スケールの大きな音楽に発展していく。メニューイン、ケンプが全霊を傾けて音楽を作り上げていることが読み取れる。

 老齢ならでの衰えもあろう。しかし、若手には出せない味わい深さ、内面性豊かな音楽は得難いものである。素晴らしい遺産である。

 

 

 

ユーディ・メニューイン、ヴィルヘルム・ケンプ ベートーヴェン ヴァイオリン・ソナタ Op.23 Op.24「春」

 

 ユーディ・メニューイン、ヴィルヘルム・ケンプによるベートーヴェン、ヴァイオリン・ソナタ全集はOp.23、Op.24「春」へと進む。ベートーヴェンが新しい試みを行いつつ、円熟の境地へと進んでいく時期に当たる。

 Op.23はイ短調、ピアノ・ソナタではこの調性では作曲していないため、珍しい。第1楽章。メニューインのヴァイオリンには円熟の味わいを感ずる。ケンプのピアノがそれを引き立て、内面豊かな音楽に仕上げている。深み、豊かな歌心に支えられた名演になっている。

 第2楽章。ケンプの深みのある音色が聴きもの。メニューインがこれに応じ、素晴らしい対話になっていく。フーガ風の部分でのやり取りも深みがあって素晴らしい。円熟の巨匠たちの味を楽しみながら、一時を味わう時は最高だろう。

 第3楽章。ピアノとヴァイオリンのやり取りで始まる激しい流れ、メニューイン、ケンプが深みある音楽作りを進めている。ここにはベート―ヴェンが新しい取り組みを進めていることをうかがわせる。

 Op.24。第1楽章の歌い回しにはメニューインの円熟した歌いぶりをしっかり聴き取ることができた。ケンプの歌心溢れ、慈愛に満ちた音色が春を伝える。展開部のスケールの大きさも聴きどころである。再現部でも味わい深い音楽が展開されていく。コーダでも抒情性豊かでスケールの大きな音楽が締めくくっていく。

 第2楽章。メニューイン、ケンプがじっくり春の喜び、小川の流れを伝えていく。じっくり聴き入っていくうちに春爛漫の風景が伝わってきた。

 第3楽章。スケルツォはゆったり目のテンポを取り、歌を大切にしている。トリオではベートーヴェンらしさが滲み出ている。円熟の芸だろう。

 第4楽章。メニューイン、ケンプが春の喜びを伝え、じっくり歌い上げて行く。中間部では素晴らしい至芸を聴かせていく。春の喜びがたっぷり歌われ、歓びに満ちたコーダへと進む。たとえ、技巧的に衰えがあろうと音楽の深さ、豊かさは若手には及ばない。

 メニューイン、ケンプが老齢に達してもベートーヴェンの音楽がしっかり伝わる。そんな、味わい深い名演、遺産である。

 

 

ユーディ・メニューイン、ヴィルヘルム・ケンプ ベート―ヴェン ヴァイオリン・ソナタ Op.12-1,2,3 ヴァイオリンとピアノのためのロンド WoO.41

 

 ユーディ・メニューイン、ヴィルヘルム・ケンプによるベートーヴェン、ヴァイオリン・ソナタ全集はまず、初期の3曲、Op.12の3曲、ヴァイオリンとピアノのためのロンドに始まる。

 Op.12-1。第1楽章の闊達さ。若きベートーヴェンの野心が伝わる。展開部はヘ長調からニ短調へ転調、これはベートーヴェンならではの新奇さが垣間見える。第2楽章の変奏曲。ピアノとヴァイオリンの掛け合いから、素晴らしい展開を見せて行く。第3楽章のきびきびした主題から、スケールの大きな音楽が展開する。Op.12-2。第1楽章。こちらはピアノ主体に進む。コーダが第1主題中心に、静かに締めくくる。第2楽章の深い情緒。ピアノ中心とはいえ、じっくりと歌い上げて行く。第3楽章。ピアノに現れる主題をヴァイオリンが歌い継ぐ。味わい深い音楽となっている。Op.12-3は初期ベート―ヴェンの充実した作品の一つだろう。第1楽章。ヴァイオリンも技巧的になり、音楽の深みが増している。歌心も忘れていない。第2楽章。3度下のハ長調、深々とした、歌心溢れる歌がピアノ、ヴァイオリンの間に歌い継がれる。ベート―ヴェンならでの深みある緩徐楽章の傑作だろう。第3楽章。ピアノ、ヴァイオリンの掛け合いからスケールの大きな音楽が展開する。メニューイン、ケンプの素晴らしい音楽作りが光る。

 ピアノとヴァイオリンのためのロンド。ベートーヴェンがヴィーンに出てきてから間もない時期の作品。フリッツ・クライスラー(1875-1962)が「ベートーヴェンの主題によるロンディーノ」を作曲している。歌心に満ちた往品で、メニューイン、ケンプが見事に持ち味を引き出している。

 メニューイン、ケンプのベートーヴェン、ヴァイオリン・ソナタ全集は必聴盤だろう。

 

 

ピエール・フルニエ、ヴィルヘルム・ケンプ ベートーヴェン チェロ・ソナタ Op.102-1,2 ヘンデル「マカベウスのユダ」の主題による12の変奏曲 WoO.45 モーツァルト「魔笛」の主題による変奏曲 WoO.46, Op.66

 

 ピエール・フルニエ、ヴィルヘルム・ケンプによるベート―ヴェン、チェロ・ソナタ全集は後期の2曲、Op.102-1,2、ヘンデルのオラトリオ「マカベウスのユダ」、モーツァルト「魔笛」の主題による2つの変奏曲で締めくくることとなる。

 Op.102-1は自由、かつ幻想的でロマン主義へと向かっている。第1楽章はハ長調のゆったりとおおらかな部分から、イ短調のソナタ形式による主部からなる。第1主題中心で、第2主題はエピソード風となっていく。第2楽章もアダージョの深い歌、アンダンテからアレグロ・ヴィヴァーチェのフィナーレに至る。ベートーヴェンがピアノ・ソナタで行った試みをチェロ・ソナタで行い、一つの境地を作り上げたといえよう。

 Op.102-2は伝統的な3楽章形式とはいえ、、後期ベートーヴェンの特性が現れている。第1楽章は第1主題中心で、対位法的な傾向が目立つ。第2楽章の深遠な歌をとっても、後期の特性が滲み出ている。アタッカで第3楽章へ進み、フーガとなる。見事なフーガが展開する。これがピアノ・ソナタ、Op.106「ハンマークラヴィーア」第4楽章の見事なフーガ、弦楽四重奏のための「大フーガ」、交響曲第9番、第4楽章での2重フーガへと至る。

 ヘンデル「マカベウスのユダ」の主題による変奏曲は室内楽の楽しみが満ち溢れている。晩年のベートーヴェンはヘンデルを大変評価し、イギリス訪問実現のあかつきにはヘンデルの墓に詣でたいと口にしていたものの、実現しなかった。モーツァルト「魔笛」の主題によるものは、Woo.46が「恋を知るものは」を主題に用い、チェロ、ピアノが対等に変奏を展開、室内楽ならではの味わいを見せる。Op.66は「恋人か女房か」を主題として、チェロ、ピアノが変奏を交わしていく。ベートーヴェンがモーツァルトのオペラ中で、「魔笛」を高く評価していたことを裏付けている。ここでは、第10変奏にはピアノ・ソナタの緩徐楽章の深遠な世界がある。第11変奏ではシューベルトを先取りするような書法がある。第12変奏は締めくくりのアレグロとはいえ、ベートーヴェンならではの創意工夫に満ちている。

 Op.102の2曲は、ヨーゼフ・リンケのために作曲したとはいえ、リンケ自身、戸惑いがあったかもしれない。それでも、リンケなくしては生まれ得なかった名作だろう。変奏曲もベートーヴェンならではの試みを聴き取ることができる。フルニエ、ケンプの名演はベートーヴェン、チェロ作品の規範として長く残るだろう。

 

 

ピエール・フルニエ ヴィルヘルム・ケンプ ベートーヴェン チェロ・ソナタ Op.5-1,2 Op.69

 

 ピエール・フルニエ、ヴィルヘルム・ケンプによるベート―ヴェン、チェロ・ソナタ全集は1965年2月、パリでのコンサート・ライヴ録音とはいえ、ベートーヴェンのチェロ・ソナタ全曲の規範となる名演である。

 Op.5-1,2は1796年、ベートーヴェンがベルリンを訪ねた折、フランスの名手、ジャン=ルイ・デュポールのために作曲、フリードリッヒ・ヴィルヘルム2世の前で演奏している。どちらも2楽章構成で、若きベートーヴェンの面目躍如といったものが感じられる。フルニエ、ケンプが若きベートーヴェンの姿を彷彿とさせる音楽づくりで圧倒する。

 op.69は円熟期のベートーヴェンの傑作の一つ。第1楽章のカンタービレの素晴らしい歌いぶり、フルニエとケンプが一体になって歌い上げる。歌に満ちながらも力強さ、スケールの大きさが感じられる。第2楽章、ベートーヴェンならではのスケルツォの不気味さ、スケールの大きさは聴きもの。トリオも歌が溢れている。ロンド風構成は交響曲第4番から見られる傾向で、シューマンに受け継がれている。第3楽章の序奏はケンプの滋味あふれる音色が素晴らしい。これがゲルハルト・オピッツに受け継がれていることは大きい。主部に入ると、フルニエがたっぷり歌い出す。スケールの大きな音楽が繰り広げられていく。この作品は当時、ベートーヴェンの秘書役を務め、チェロの名手であったイグナーツ・フォン・グライヒェンシュタイン男爵に献呈された。

 ベートーヴェンのチェロ作品がデュポール、グライヒェンシュタイン、ヨーゼフ・リンケといった名手たちとの出会いによって生まれ、重要なレパートリーとなっていることを見逃してはならない。名手なくして名作は生まれない。それを如実に示している。

 

 

 

デュオ・カサド 愛の言葉

 

 パブロ・カザルス(1876-1973)とともにスペインを代表する名チェリスト、ガスパール・カサド(1897-1966)が伝説のピアニスト、原智恵子(1914-2001)とともに残した「愛のことば」は、このデュオの素晴らしい遺産だろう。1963年、旧ソ連時代のレコーディングである。

 フレスコバルディ「トッカータ」の素晴らしさ、ベートーヴェン「魔笛」の主題による7つの変奏曲、WoO.46ではピアノとチェロの掛け合いが聴きもの。シューベルト「アレグレット・グラツィオーゾ」の伸びやかさ。グラナドス「ゴィェスカス」より間奏曲のスペインの情熱、哀感はどうか。フォーレ「エレジー」Op.24は朗々と歌い上げるチェロ、それを支えるピアノが素晴らしい調和を生み出している。ラヴェル「ハバネラ形式の小品」にもスペインの香りがそこはかとなく漂う。カサド「愛のことば」には、紛れもなくカサドが優れた作曲家であったことを示す。

 1966年、カサドに先立たれた原はカサドを記念した「ガスパール・カサド・コンクール」を立ち上げ、1990年を最後に帰国、2001年、86歳でこの世を去った。あまりにも日本人離れした感覚がかえって、当時の音楽評論家たちには気に入らず、野村光一などからバッシングを受けた。というより、女性蔑視だろう。優れた女性への妬みが強い日本の風土は変わらないようである。

 

 

ラルス・フォークト、クリスティアン・テツラフ ブラームス ヴァイオリン・ソナタ Op.78, Op.100,Op.108 F.A.Eソナタよりスケルツォ

 ラルス・フォークト、クリスティアン・テツラフによるブラームス、ヴァイオリン・ソナタ全3曲、F.A.Eソナタよりスケルツォを聴く。

 Op.78はペルチャッハで作曲、歌曲「雨の歌」Op.59-3に基づき、シューマンの四男フェリックスを喪ったクラーラへの哀悼、慰めが漂う。第1楽章の歌心、抒情性もさることながら、フェリックスの面影が映る。ちなみに、ブラームスはフェリックスの詩に歌曲「緑の恋」、「ニワトコにさす夕日」、「うち沈んで」を残し、オマージュとしている。第2楽章は悲しみに沈むクラーラへの思いがにじみ出ている。暖かみに溢れる主部、悲しみがにじみ出ている中間部との対比が鮮明である。第3楽章はフェリックスへの哀悼として、「雨の歌」を引用し、肺結核で24歳の生涯を閉じたこの青年にも楽しい幼年期があっただろうと思いにふけるブラームスがいる。歌曲の伴奏音型を用いている。コーダは長調に転じ、フェリックスの魂が神の許で平安を得るように祈るかの如く締めくくる。

 Op.100はトゥーンで作曲、円熟期のブラームスの伸びやかさを伝える。それがスイスの風光明媚な自然の印象と結合して、大きな世界を築いていく。第1楽章はピアノがヴァイオリンをリードしながら、のびのびと歌いあげる。それでも、ブラームス特有の力強さを秘めている。第2楽章はピアノ、ヴァイオリンがひそやか、かつ暖かく歌う。中間部はスケルツォ風、主部、スケルツォ風、主部、コーダはスケルツォ風な部分で力強く締めくくる。第3楽章は伸びやかであっても憂いを秘めている。それでも、すべてが一つに調和して終わる。

 Op.108は、Op.100に続いてトゥーンで作曲、第1楽章にはブラームスの孤独、寂しさが激しさの中に秘めた思いがヴァイオリンの音色から明白に伝わっていく。ピアノがブラームスの心境を描きだしている。諦めたように静かに結ばれる。第2楽章はほっとした安らぎの世界が広がる。ブラームスの心境そのものだろうか。第3楽章は再び暗い情感となる。秘めた情熱がヴァイオリンに歌われていく。第4楽章は激しい主部に始まり、抒情性も豊かとはいえ、暗い情念が中心的である。晩年の諦念も漂い、渋さも十分である。力強い締めくくりとなる。

 F.A.Eソナタはディートリッヒ、シューマン、ブラームスの合作によるもので、ヨアヒムに捧げられた。ブラームスはスケルツォを担当、大変精力的、かつ力強い主部、抒情性豊かなトリオとの対比がも見事である。シューマンは第2、第4楽章を担当、第1、第3楽章を足して、ヴァイオリン・ソナタ第3番とした。ブラームスはそうしなかった。ブラームスがヴァイオリン・ソナタを3曲作曲したことはシューマンの影響だろうか。

 フォークト、テツラフはシューマンのヴァイオリン・ソナタのCDも出している。ブラームスを聴く限り、円熟した素晴らしい内容の演奏で、じっくり聴きこんでいきたい1枚だろう。

 

ムスティフラフ・ロストロポーヴィチ、スビャトスラフ・リヒテル ベートーヴェン、チェロ・ソナタ Op.102

 ロストロポーヴィチ、リヒテルによるベートーヴェン、チェロ・ソナタもOp.102の2曲となった。この2曲はシュパンツィヒ四重奏団のチェリスト、ヨーゼフ・リンケ(1783-1837) のために作曲された。イグナーツ・シュパンツィヒ(1776-1830) は1808年、本格的なプロの弦楽四重奏団を結成した。当初はロシア大使、アンドレイ・キリロヴィチ・ラズモフスキー侯爵(1752-1836)に仕えていた。しかし、侯爵邸が大火災にあうといったん解散するものの、独立したプロの弦楽四重奏団として活躍、シュパンツィヒは交響曲第9番、初演のコンサートマスターも務めた。リンケも優れたチェリストで、アンナ・マリア・フォン・エルデーディ伯爵夫人(1779-1837)とともにこの2曲を演奏している。エルデーディ伯爵夫人に献呈された。

 Op.102-1は2楽章形式とはいえ、自由な構成によっている。緩-急-緩-急の構成を取り、バロック期の教会ソナタの原理を思わせる。これはピアノ・ソナタ、Op.27-1、Op.110の第3楽章でも用いている。ベートーヴェンが「幻想ソナタ」として行った試みには、教会ソナタの原理が潜んでいるように思える。この方向での構成原理、形式原理の研究を進めることが課題だろう。

 Op.102-2は堂々とした第1楽章、第2楽章の深々とした歌、第3楽章へと続き、序奏からフーガへと至る。ここにも、ベートーヴェンがピアノ・ソナタで試みてきた成果が表れている。フーガの厳格さ、自由さが見事に調和して、大きな世界を生み出す。これがピアノ・ソナタ、Op.106「ハンマークラヴィーア」、Op.110の終曲、弦楽四重奏の大フーガ、Op.133へとつながっていく。

 ロストロポーヴィチ、リヒテルは互いの良さを生かしつつ、ある時はぶつかり合ったり、調和したりして、ベートーヴェンの音楽を見事に描きだしている。後期の2曲では、その特性が見事に発揮されている。

 

ムスティフラフ・ロストロポーヴィチ、スビャトスラフ・リヒテル ベートーヴェン、チェロ・ソナタ Op.5,Op.65

 昨日、NHKラジオ第1「音楽の泉」でロストロポーヴィチ、リヒテルによるベートーヴェン、チェロ・ソナタ、Op.69、Op.102-2を取り上げた。ロシアの名手たちによるベートーヴェン、チェロ・ソナタ全集を聴いていこう。

 チェロによる作品ではバッハ、無伴奏チェロ組曲、チェロ(ヴィオラ・ダ・ガンバ)とクラヴィーアのための3曲のソナタが有名である。ハイドンもエステルハーツィ侯爵家楽長時代、オーケストラの首席チェリスト、名手アントン・クラフトのためにチェロ協奏曲を作曲している。ベートーヴェンが本格的なチェロのための作品を残したことは、ロマン主義の作曲家たちを始め、多くの作曲家たちに影響を与えたことは確かだろう。また、ベートーヴェンの時代、ベルンハルト・ハインリッヒ・ロンベルク(1767-1841)、ジャン・ピエール(1741-1818)、ジャン・ルイ(1749-1819)・デュポール兄弟、ヨーゼフ・リンケ(1783-1837)が近代的なチェロ奏法、合理的なメトードを確立した。そうした土壌あって、本格的なチェロの作品を生み出すことにもなった。

 Op.5の2つのチェロ・ソナタは、プラハ、ベルリン旅行の際、デュポール兄弟との出会いから生まれ、プロイセン宮廷での演奏会の際、兄ジャン・ピエール・デュポールとともに初演した。ベルリンではプロイセン国王、フリードリッヒ・ヴィルヘルム2世(在位1786-1797)もデュポールにチェロを師事、優れた演奏家とあった。

 Op.5-1。第1楽章。アダージョの序奏はたっぷりと歌われる。主部アレグロはチェロ、ピアノが緊密にやり取りを交わしていく。ロストロポーヴィチ、リヒテルが一体となって、若きベートーヴェンの闊達さを引きだしている。第2楽章。ここでも若きベートーヴェンのエネルギーが伝わって来る。

 Op.5-2。第1楽章。アダージョの重々しい序奏がじっくり歌われていく。主部アレグロの激しい、精力的な動きも素晴らしい高揚感を見せる。音楽的にも充実している。第2楽章。ト長調の明るく、精力的なロンド。ロストロポーヴィチ、リヒテルの素晴らしい音楽づくりが光る。

 Op.69。ベートーヴェン円熟期の名作で、この時期秘書役を務め、素晴らしいチェリストだったイグナッツ・フォン・グライヒェンシュタイン男爵に献呈した。ベートーヴェンは、貴族であっても何人かは人間らしい血の通った付き合いを続けた。ブルンスヴィック伯爵家、ニコラウス・フォン・ズメスカル男爵はその代表格だろう。グライヒェンシュタイン男爵もその1人といえよう。

 第1楽章。ロストロポーヴィチがじっくり第1主題を歌いあげると、リヒテルが素晴らしい演奏で応じ、スケールの大きな世界を繰り広げていく。第2楽章。スケルツォでの主部、2つのトリオとの対比、名手たちが一体となっている。第3楽章。序奏部はじっくり、深みを帯びて歌われていく。主部。スケールの大きな世界が広がっていく。ロストロポーヴィチ、リヒテルの素晴らしいアンサンブルが聴きものである。

 ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集にはダヴィド・オイストラッフ、レフ・オボーリンによる名演もある。ロシアの名手たちのベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ、チェロ・ソナタ演奏は避けて通れないだろう。

ヴォルフガング・シュナイダーハン、カール・リヒター バッハ、ヴァイオリン・ソナタ その2

 シュナイダーハン、リヒターのバッハ、ヴァイオリン・ソナタ。今回はBWV1017-BWV1019の3曲で、BWV1017-BWV1018が教会ソナタ、BWV1019は急-緩-急-緩-急の5楽章で、クラヴィーア独奏が入っている。

 BWV1017。第1楽章、シシリアーノでヴァイオリンのたっぷりした歌が聴きもの。第2楽章。ヴァイオリン、クラヴィーアがカノン形式で素晴らしい調和を見せる。第3楽章。フォルテ、ピアノの指示があり、クラヴィーアによる流れるような伴奏に乗り、ヴァイオリンが深々とした歌を聴かせていく。第4楽章。ヴァイオリン、クラヴィーアが素晴らしい展開を見せる。

 BWV1018。第1楽章。受難を思わせる重々しい楽章で、クラヴィーアが重々しい、悲痛な歌を聴かせるとヴァイオリンが応ずる。第2楽章。クラヴィーア、ヴァイオリンが素晴らしい展開を見せる。第3楽章。こちらもハ短調で悲痛な歌が聴こえるものの、変イ長調で終わる。第4楽章。パスピエ風とはいえ、厳格。ヴァイオリンとクラヴィーアが素晴らしい調和を見せる。

 BWV1019。第1楽章。フォルテとピアノの対比が見られ、活気に富んだ、明るい性格が伝わってくる。第2楽章、重々しいアリオーソが聴きものである。第3楽章。クラヴィーア独奏でリヒターの独断場だろう。厳格、かつ味わい深い。第4楽章。クラヴィーアとヴァイオリンによる深々としたアリオーソ。第5楽章。ジーグ風な性格でヴァイオリン、クラヴィーアによる素晴らしい展開がこのソナタの締めくくりに相応しい。

 シュナイダーハンの深みのあるヴァイオリン、厳格なリヒターのクラヴィーアがバッハ演奏の一つの規範といえる名演となっている。リヒターはロシアの名ヴァイオリニスト、レオニード・コーガンともこのソナタをレコーディングしている。こちらについては、いずれ機会があれば取り上げたい。

 

ヴォルフガング・シュナイダーハン、カール・リヒター バッハ、ヴァイオリン・ソナタ その1

 ヴィーンの名ヴァイオリニスト、ヴォルフガング・シュナイダーハン(1915-2002)、バッハ演奏家カール・リヒター(1926-1981)のバッハ、ヴァイオリン・ソナタ、BWV1014-BWV1016。この3曲は緩-急-緩-急による教会ソナタとなっている。

 BWV1014。第1楽章でのシュナイダーハンのたっぷりした歌いぶり。リヒターもこれに応じている。第2楽章。両者の掛け合いが見事。第3楽章。ヴァイオリンとクラヴィーアとの絡み合いが聴きもの。素晴らしい調和を見せている。第4楽章。ヴァイオリンとクラヴィーアの立場が対等である。リヒター、シュナイダーハンが互いの長所を発揮し、良き調和を生み出す。

 BWV1015。第1楽章。シュナイダーハンの格調高い歌、リヒターもこれに応じ、素晴らしい歌を聴かせる。第2楽章。ヴァイオリンとクラヴィーアが躍動感あふれる動き見せる。ここではバッハによるフォルテ、ピアノの指示があり、音楽に深みを与えている。第3楽章のアリオーソ。深い歌が聴こえる。第4楽章。ソナタ形式の芽が現れている。シュナイダーハン、リヒターの持ち味が発揮されている。

 BWV1016。第1楽章。クラヴィーア左手にオクターヴを用い、ピアノに通ずる新しさがある。シュナイダーハンの歌心あふれるヴァイオリンをリヒターががっちり支えている。第2楽章。ここでもフォルテ、ピアノの指示がある。お互いの良さが生きている。第3楽章。ここではヴァイオリンの重音奏法も見られる。シュナイダーハンの素晴らしい歌、リヒターの深みに満ちた歌が調和している。第4楽章。躍動感に満ちた演奏で、シュナイダーハン、リヒターの個性が生きている。

 3曲全体を見ると、バッハによるフレージング、スタッカート、テヌート指示があり、バッハはヴァイオリン、クラヴィーアを対等に扱った本格的なソナタとしてこれらの作品を書き上げた。これがモーツァルト、ベートーヴェンなどに受け継がれ、ヴァイオリン・ソナタの名作を生み出すこととなる。