ヴィルヘルム・ケンプ ヘンリック・シェリング ピエール・フルニエ ベート―ヴェン ビアノ3重奏曲 第5番 Op.70-1「幽霊」

 ヴィルヘルム・ケンプ、ヘンリック・シェリング、ピエール・フルニエによるベート―ヴェン、ピアノ3重奏曲第5番、Op.70-1を聴く。ベートーヴェン生誕200年記念とはいえ、50年後の生誕250年の今、名演の一つとして語り伝えられている。

 第1楽章の力強さ。統一感。円熟期のベートーヴェンの姿が浮かび上がる。ケンプのピアノの雄弁さ、シェリング、フルニエも素晴らしい。第2楽章。ここから「幽霊」の名がついたとはいえ、不気味さ・たっぷりした歌心が素晴らしい。ベートーヴェンはシェークスピア「マクベス」のオペラ化を考え、魔女の合唱にしたかったという。魔女が登場するような雰囲気が伝わる。第3楽章。勢い込んで始まるものの、流れがせき止められる。その後、スケールの大きな流れが続く。ケンプ、シェリング、フルニエが一体となって、大きな世界を形成する。雄弁さと調和、歌心たっぷりの名演と言えよう。

 生誕200年が1970年、この50年の間、ベートーヴェン研究も進んだ。ベート―ヴェン時代のピアノ・ヴァイオリン・チェロによる演奏も当たり前となっても、この演奏は色あせない魅力がある。

ヴィルヘルム・ケンプ ヘンリック・シェリング ピエール・フルニエ ベートーヴェン ピアノ3重奏曲 第3番 Op.1-3

 

 ヴィルヘルム・ケンプ、ヘンリック・シェリング、ピエール・フルニエによるベートーヴェン、ピアノ3重奏曲、第3番。この作品はハ短調で、ハイドンは出版には反対だったとはいえ、ベートーヴェンの自信にあふれた1曲である。ベートーヴェンのハ短調と言えば、ピアノ・ソナタ第5番、Op.10-1、第8番、Op.13「悲愴」、第32番、Op.111、ヴァイオリン・ソナタ、第7番、Op.30-2、ピアノ協奏曲、第3番、Op.37、交響曲第5番、Op.67があり、傑作揃いである。

 第1楽章。ベートーヴェンの自信にあふれた姿が伝わる。ヴァイオリン、チェロが独立して、全体の調和も考えられている。動機展開も充実している。短調ならでのパトスも伝わってくる。第2楽章はベートーヴェンならではの心からにじみ出る歌による変奏曲。ベートーヴェンの見せ所だろう。3人の名手たちが見せる歌心、深い味わいをじっくり聴き取れる。第3楽章はメヌエットとありながら、スケルツォだろう。それでも、名手たちの歌心が見事である。トリオでは暖かい歌が聴き応えある。第4楽章は力強い始まりから、ベートーヴェンならではのスケールの大きな音楽が広がっていく。それでも、抒情性豊かな部分があり、じっくり聴かせる。コーダは、全てを噴出した後、静かに全曲を締めくくる。

 ケンプ、シェリング、フルニエがベートーヴェンの音楽の本質を捉え、味わい深い世界を生み出した名演であり、長く残るだろう。50年前のベートーヴェン生誕200年記念に出たものとはいえ、生誕250年の今聴いても素晴らしい。

 

 

 

ヴィルヘルム・ケンプ ヘンリック・シェリング ピエール・フルニエ ベートーヴェン ピアノ3重奏曲 第2番 Op.1-2

 

 ヴィルヘルム・ケンプ、ヘンリック・シェリング、ピエール・フルニエによるベートーヴェン、ピアノ3重奏曲、第2番。若きベートーヴェンの野心溢れる作品である。

 第1楽章の序奏のたっぷりした歌。主部の闊達さ、若さ。いささか古典的かもしれない。展開部ではチェロも独立した部分を担っている。それでも、ベートーヴェンの個性が顔をのぞかせる。第2楽章はホ長調、3度関係となっている。ここにも、ベートーヴェンの個性が際立っている。たっぷりとじっくり歌い上げている。円熟の音楽家ならではの味わいに満ちている。第3楽章はスケルツォ。歌心たっぷりの主部、抒情性豊かである。第4楽章は闊達さ、若さが溢れる。チェロのオスティナートが聴きもの。こうした手法が見られるようになったことは大きいだろう。チェロの独立性が増しつつあるとはいえ、これからの作品ではどう発展するか。Op.70以降だろう。

 3人の円熟した音楽家が繰り広げるベートーヴェンの世界を堪能できる名演だろう。

 

 

ヴィルヘルム・ケンプ ヘンリック・シェリング ピエール・フルニエ ベートーヴェン ピアノ3重奏曲 第1番 Op.1-1

 

 ヴィルヘルム・ケンプ、ヘンリック・シェリング、ピエール・フルニエによるベートーヴェン、ピアノ3重奏曲、第1番、Op.1-1。ベートーヴェン生誕200年記念とはいえ、250年記念の今、聴いても色あせていない。

 ピアノ中心とはいえ、ヴァイオリン、チェロの独立した動きが出て来るとはいえ、まだ、完全に独立しているとは言えない。全体に若きベートーヴェンの野心が満ちている。

 第1楽章の闊達さ、チェロが独立した動きを見せている。これまでの低弦を支えるだけではなく、主題動機の発展に寄与している。ヴァイオリンの動きも目立つ。第2楽章ではたっぷりした歌が聴こえる。ベートーヴェン特有の心から歌い上げていく歌心に溢れている。第3楽章。スケルツォは変ロ長調かと思えば、主調の変ホ長調に落ち着く。ベートーヴェンならではの巧妙な書法である。トリオのたっぷりした歌も聴きものである。コーダも余韻たっぷりである。第4楽章。闊達さの中にヴァイオリン、チェロが独立した動きを見せても、まだ、十分とは言えない。推進力も十分。

 ヴィーンにやって来たベートーヴェンが作曲家としてデビューした記念碑として、3曲のピアノ3重奏曲をOp.1として世に送り出した。その第1曲から、ベートーヴェンの個性が見え隠れしていることは重要だろう。

 

 

ヴィルヘルム・ケンプ カール・ライスター ピエール・フルニエ ベートーヴェン ピアノ3重奏曲 第4番 Op.11「街の歌」

 ヴィルヘルム・ケンプを中心とするベートーヴェン、ピアノ3重奏曲全集の第4番、Op.11は、クラリネットにカール・ライスターを迎え、若きベートーヴェンの明朗闊達さが滲み出た演奏になっている。

 第1楽章の快活さ、ライスター、チェロのフルニエがピアノと一体化して、若きベートーヴェンの覇気溢れるものになっている。展開部もベートーヴェンらしく、充実したものになっている。

 第2楽章。チェロ、クラリネットのたっぷりした歌が素晴らしい。ケンプのたっぷりした歌心も彩を添えている。中間部のほの暗さ、ピアノの歌が聴きものだ。チェロ、ピアノとの対話も絶品。ベートーヴェンの緩徐楽章の歌心は真摯で、聴き手の心に迫って来る。その本質を捉えている。

 第3楽章。ベートーヴェンと同時期のオペラ作曲家、ヨーゼフ・ヴァイクル(1766-1846)オペラ「船乗りの愛、または海賊」の三重唱「約束の前に」を主題とした変奏曲で、当時流行していた旋律を用いたため、「街の歌」というタイトルがついている。ベートーヴェンならではの変奏技法を用い、音楽を深いものにしている。3人の奏者たちが持ち味を発揮して、心和む演奏に仕上げている。

 1970年のベートーヴェン生誕200年記念に向けた、素晴らしい全集の一こまだろう。

アルフレード・ブレンデル、トーマス・ツェートマイヤー、タベア・ツィンマーマン、リヒャルト・ドゥヴェン、ペーター・リーゲルバイヤー シューベルト ピアノ5重奏曲 D.667「ます」

 アルフレート・ブレンデルがトーマス・ツェートマイヤー、タベア・ツィンマーマン、リヒャルト・ドゥヴェン、ペーター・リーゲルバイヤーといった名手たちとのシューベルト、ピアノ5重奏曲「ます」はドイツ・オーストリアの香り高い演奏といえよう。

 ブレンデルは梶本音楽事務所が招聘先となって何度か来日していた。2001年に高柳音楽事務所の招きでの来日が最後となって、2008年に引退となったことは残念である。これは、1990年代~2000年代初頭、日本の音楽マネージメントの世代交代が原因である。大手の高柳音楽事務所、神原音楽事務所が廃業、コンサート・エージェンシー・ムジカ、ムジーク・レーベン、日本交響楽協会が倒産した。代わって大手はパシフィック・コンサート・マネージメント、ヒラサ・オフィスが出て来た。このどちらかが招聘先になっていたら、ブレンデルのさよならコンサートが実現しただろう。

 第1楽章はブレンデルのピアノがツェートマイヤーらと見事に調和して、素晴らしい音楽を生み出している。シューベルトの歌心が自然と滲み出ている。第2楽章もシューベルトの世界を堪能できる。第3楽章はシューベルトがヨハン・ミヒャエル・フォーグルとともに訪れたシュタイヤーの自然の香りが漂う。ブレンテルと名手たちとの自然な呼吸が心地よい。第4楽章は歌曲「ます」の主題による変奏曲で、弦による主題の後、ピアノが加わり、変奏を繰り広げる。川に泳ぐます、新鮮な水しぶきが眼の前に浮かぶかの如くである。第5楽章はスケールの大きな演奏で、シューベルトの歌も大切にしている。

 日本の音楽マネージメントの世代交代が外来演奏家招聘に大きな影響を与えたことは大きいだろう。ブレンデルは貧乏くじを引かされ、引退まで来日公演がなかったことは惜しい。新しい大手音楽マネージメントが招聘先にならなかったことは残念である。

ラルス・フォークト クリスティアン、タニア・テツラフ    ブラームス ピアノ3重奏曲第3番 Op.101

 ラルス・フォークト、クリスティアン、タニア・テツラフ兄妹によるブラームス、ピアノ3重奏曲も第3番、Op.101となった。1886年、トゥーンで作曲。ハ短調という調性から、ブラームスはベートーヴェンを意識していただろうか。

 第1楽章。第1主題の力強いトゥッティが発展、じっくり歌いあげる第2主題へとすすみ、提示部が終了後、展開部も力強いトゥッティで始まる。ピアノと弦とのやり取りが続き、再現部。第1主題から第2主題、ここはハ長調となる。コーダではハ短調に戻り、力強く締めくくる。

 第2楽章。スケルツォの暗い雰囲気と抒情性、力強さが一体化している。ピアノと弦の関係も緊密である。無駄のない音楽作りがかえって深みを醸し出している。

 第3楽章。ブラームスならではの深い歌が聴こえる。ピアノと弦の対話も見事で、中間部の暗い部分と一対をなす。主部に戻り、深みのある歌が歌われ、力強く閉じていく。

 第4楽章。スケールの大きなフィナーレ。ロンド・ソナタ形式で、小刻みに始まり、力強く発展する主部。伸びやかな対句、主部に戻り、力強く展開する。不気味な対句に入り、情熱的に歌われる。ハ長調に転調、力強いコーダとなって全曲を締めくくる。

 全3曲を聴き終わると、ブラームスの音楽がしっかり伝わって来る名演の一つだといえよう。2014年5月、ブレーメンでのレコーディングで、音質も素晴らしい。ぜひ、一聴してほしい。

 

ラルス・フォークト クリスティアン、タニア・テツラフ ブラームス ピアノ3重奏曲第2番 Op.87

 ラルス・フォークト、クリスティアン、タニア・テツラフ兄妹によるブラームス、ピアノ3重奏曲第2番、Op.87。Op.8が若きブラームスの悩み、苦しみなら、Op.87は堂々たる大家、ブラームスの姿である。1882年、バート・イシュルでの作曲で、ヨハン・シュトラウス2世などと親交を深め、自信に満ち溢れている。

 第1楽章の堂々たる、円熟した佇まいは、前年に作曲したピアノ協奏曲第2番、Op.83に通ずるものがある。ピアノの堂々たる書法、ヴァイオリン、チェロとの調和も十分である。

 第2楽章はイ短調の情熱的な主題に始まる。シューマン家を訪問する前から親友だったヨアヒムとの友情が崩れ、和解を求めんとしたブラームスの心境を見事に表現している。中間部の穏やかな主題には安らぎが感じられる。

 第3楽章は不気味な主題に始まるスケルツォ、ブラームスの本領が発揮されている。トリオのじっくりと歌いあげていく主題にはブラームスの歌心が満ちている。

 第4楽章はスケールの大きなフィナーレ。ハンガリー風の主題が発展、素晴らしい盛り上がりを見せていく。力強い締めくくりとなる。

 フォークト、テツラフ兄妹の自信に満ちた姿を彷彿とさせる。

 

ラルス・フォークト クリスティアン、タニア・テツラフ ブラームス ピアノ3重奏曲第1番 Op.8(1889年改訂版)

 ドイツの中堅ピアニスト、ラルス・フォークトがヴァイオリニスト、クリスティアン・テツラフ、チェリストでクリスティアンの妹タニアとともにブラームス、ピアノ3重奏曲全曲に取り組んだ。まず、第1番を聴く。

 若きブラームスの面目躍如とはいえ、ブラームス自身1889年に改訂している。第1楽章は落ち着いた、どっしりとした第1主題に始まり、大きく発展する。その後、憂鬱な第2主題が発展、情熱的に提示部を締めくくる。展開部は第1主題を中心に緻密、かつじっくりと発展、盛り上がりを見せていく。再現部では第1主題を変奏しつつ、スケールの大きな音楽となっている。コーダは堂々と締めくくる。

 第2楽章、スケルツォ、ロ短調の不気味な主部に始まる。トリオの穏やかな歌が聴きもので、歌に溢れている。次第に曲想が高揚、主部に戻っていく。フォークト、テツラフ兄妹の息の合った演奏が見事である。主部に戻った後、コーダではロ長調に戻り、静かに消えていく。

 第3楽章。たっぷりした歌心にあふれている。フォークトがじっくり歌い上げ、テツラフ兄妹もこれに応じていく。渋いながらも温かみを感じさせるブラームスの音楽の本質を捉えている。中間部の情熱のほとばしりもしっかり捉え、歌に満ちたこの楽章を閉じていく。

 第4楽章。フィナーレがロ短調を取ることには、当時のブラームスの心の葛藤がある。ブラームスは次第にクラーラ・シューマン夫人への思いを募らせていく。しかし、自分を楽壇に送り出したローベルト・シューマンへの罪悪感も感じるようになり、己の葛藤を表現しようとしただろう。3人がそんなブラームスの思いをしっかり掴んで、スケールの大きな演奏を繰り広げている。

 後年、ブラームスが改訂を加えた事情には、己の葛藤を生々しく描こうとしたことに対して、若き日の思いを見据え、冷静に振り返っていこうとしたからではなかろうか。