井上さつき ピアノの近代史

 フランス音楽の研究家、井上さつきが1900年に開かれたパリ万国博覧会での弦楽器製造部門受賞者リストに名古屋のヴァイオリン製作者、鈴木政吉を見つけたことがきっかけで鈴木政吉をはじめ、日本のピアノ・オルガン製造史・普及史に取り組んできた。その成果が「ピアノの近代史」として結実した。

 まず、19世紀のピアノ製造での機械化・大量生産に始まる。それまで工芸品だったピアノが機械化により大量生産されるようになったこと、巨大化したコンサートホールへの適応にも一役買ったことによる。日本には幕末から明治の文明開化期、西洋音楽再受容期にかけてピアノが輸入に頼っていた時期から、山葉寅楠によるオルガン製造にはじまり、ピアノ製造に至った。山葉寅楠が日本楽器を設立、ピアノ製造も本格化した。その中で、ドイツからの技術社招聘などにより、ピアノの質の向上にも尽くした。そこから、河合小市が独立、河合楽器を設立した。第2次世界大戦での壊滅的な損害から復興、高度経済成長によるピアノ大量生産、音楽教室創設へと進む。

 ヤマハ音楽教室設立に当たり、まず、音楽に親しみ、楽しむことが大切であることが理念となった。また、川上源一がピアノ教育におけるバイエル否定論者であったことにも注目したい。それが、「みんなのオルガン・ビアノの本」という、日本人が初めて作ったピアノメトード誕生に繋がったことが重要である。川上がヤマハ音楽教室のシステムを発展、子どもの自作自演によるジュニア・オリジナルコンサートへ発展させた。一方で、作曲家たちの批判も呼び起こしたこと、川上のワンマン経営が災いしてヤマハも激動の時代を迎えた。

 カワイもコンサートグランドピアノのブランド化を図る中で、技術革新を続けて行く。ヤマハも同じである。ヤマハとカワイが切磋琢磨して、日本のピアノ産業、音楽産業の先頭に立ち、世界に通用するものを生み出したことは大きいだろう。また、ヤマハがヴィーンの名門、ベーゼンドルファーを買収、傘下に収めたことは、その技術を受け継ぎつつ、自社にも生かさんとしたことにもあろうか。

 日本の楽器産業、音楽受容史を知るにも好著である。お勧めしたい。

 

(中央公論新社 2900円+税)