ヴィルヘルム・ケンプ シューマン 交響練習曲 Op.13

 ヴィルヘルム・ケンプが1991年5月23日、イタリア、ポジターノで95歳の生涯を閉じてから19年がたった。ケンプの遺産の一つ、シューマン、交響練習曲、Op.13を聴こう。

 シューマンがヴィーク家に寄宿してピアノを師事している時、ボヘミア(チェコ)の貴族、ノイベル・I・F・フォン・フリッケン男爵の令嬢、エルネスティーネが入門、クラーラがシューマンのことを紹介すると、恋に陥り、婚約に至った。しかし、それを知ったフリッケン男爵が激怒、郷里のアッシュへ連れ戻してしまった。シューマンは後を追ったものの、エルネスティーネが男爵の庶子だったことを知って、ショックを受けた。エルネスティーネがシューマンに宛てた書簡は、文法・綴りの誤りが多かったため、貴族の令嬢ならかなり教養があるだろうと思ったシューマンの思惑違いもあってか、一時的なものに終わった。

 エルネスティーネはツェトヴィッツ伯爵夫人となったものの、夫に先立たれ、自らもチフスに罹患して夭折したという。シューマンはいくつかの作品を献呈している。

 これは練習曲とタイトルがあっても変奏曲で、シューマンは練習曲3,9を削除して、1852年、変奏曲として出版している。終局の練習曲12も部分的な削除がある。ヘンレ版は1837年版(現行版)、1852年版の2通りの版を出版、ペータース原典版は練習曲12を第2版としている。また、5曲の遺作変奏もある。

 主題はフリッケン男爵のフルート作品による。男爵自身、アマチュア音楽家として、フルートをたしなんでいたため、作品も残していた。変奏全体には、主題をモットーとして全体を統一するモットー変奏曲で、アベック変奏曲、Op.1でもこの手法を用いている。この作品では主題をモットーとして全体を統一しながら、自由な変奏を繰り広げている。

 ケンプは現行版によっている。遺作変奏を挿入していない。遺作変奏を挿入しているピアニストも目立つ。スビャトスラフ・リヒテル、クラウディオ・アラウなどは遺作変奏を挿入している。これもまちまちだろう。練習曲12では部分的な削除による。シューマンの音楽のロマン性、歌心に満ちた演奏を繰り広げている。これも忘れてならない名演だろう。