宮城まり子とねむの木学園

 「すべての子どもたちに教育を」をモットーに、私財を投じて障害児教育のための学校「ねむの木学園」を設立した女優、宮城まり子さんが94歳で亡くなった。

 宮城まり子さんが「ねむの木学園」の教育に音楽を取り入れている。それもあってか、クリストフ・エッシェンバッハが「ねむの木学園」を訪問している。その頃、エッシェンバッハはピアニストとしての活動が中心で、指揮者としての活動を少しずつ始めたばかりだった。エッシェンバッハがドイツ・グラモフォンにバイエルからツェルニー、ソナタなどを含むピアノ教育のためのレコード大全集「ピアノ・レッスン」をリリース、日本でも発売され、好評を博した。「ねむの木学園」を来訪、子どもたちに素晴らしい演奏を聴かせた。

 もっとも、エッシェンバッハ自身、戦争孤児の一人だった。1940年、ポーランド領となったブレスラウ(ブロツヴァフ)に音楽家、ヘルベルト・リングマンを実父として生まれたものの、母が出産時に亡くなり、実父もナチスに殺される。1945年、ドイツの敗戦と共に故郷を追われ、難民キャンプに引き取られた。リングマン家の遠縁にあたるエッシェンバッハ家に引き取られ、エッシェンバッハを名乗るようになった。戦後ドイツの俊英と注目されたとはいえ、指揮者に転向した。指揮者エッシェンバッハとしてもなかなかの演奏だったし、マティアス・ゲルネと共演したコンサートもさすがだった。

 「ねむの木学園」を訪れたエッシェンバッハは、「ピアノ・レッスン」を寄贈した。宮城さんもこれには大喜びだっただろう。エッシェンバッハにせよ、障害児たちのために大きな贈り物ができてよかっただろう。宮城さんの訃報を聞き、エッシェンバッハのことも思い出してしまった。