ヴィルヘルム・ケンプ シューマン ダヴィド同盟舞曲集 Op.6 カーナヴァル Op.9

 ヴィルヘルム・ケンプのシューマン、ダヴィド同盟舞曲集、Op.6、カーナヴァル、Op.9。ドイツの伝統に根差したシューマンのロマン性の本質を伝えている。

 ダヴィド同盟舞曲集。第1曲ではフロレスタン、オイゼビウスが交互に歌い交わしていく。ロマンの香り高い。

フロレスタンの激しさ、オイセビウスの優しさ。その根底にはシューマンの歌が流れている。後に、ブラームスがシューマンの主題による変奏曲、Op.9を作曲した際、この作品の手法を基にした変奏があることがわかった。

作曲は1837年8月、クラーラとの婚約が成立。シューマンが音楽の保守派に対する革新派として立ち上げた「ダヴィド同盟」員がローベルトとクラーラの結婚を祝して踊るという趣旨から、この曲集を作曲した。

 クラーラの父、ローベルトの師、フリードリッヒ・ヴィークは2人の結婚に反対した理由は、ローベルトが飲酒・タバコを続け、身を固めようとしなかったことにある。タバコが原因で命を落とすようなことがあったり、ライプツィッヒの町では夜通し酒を飲み歩く姿も有名だった。それなりの言い分があった。

 ケンプは1838年の第1版に基づき、シューマンの意図を組んでいる。最も、シューマンは1850年、第2版でかなり改訂を加えている。音楽としての自立性・客観性を重視している。文豪ゲーテの孫、ヴァルターに献呈。

 カーナヴァル、Op.9。こちらは結婚を考えたノイベル・I・F・フリッケン男爵の令嬢エルネスティーネとの恋愛から生まれた。フリッケン男爵はアマチュアのフルート奏者で、音楽にも造詣があったため、エルネスティーネをヴィーク家に下宿させ、ピアノを学ばせた。しかし、シューマンとの恋愛関係が発覚すると、エルネスティーネをアッシュの実家に連れ戻した。シューマンは後を追ったものの、エルネスティーネが男爵家の庶子だったことを知った上、その手紙が綴り、文法の誤りも多かったためか、貴族の令嬢にしては教養がないこともわかって、熱が冷めた。

 カーナヴァルの雑踏を練り歩くシューマン。ピエロ・アルルカンなどの道化たち、女性の誘惑。クラーラ、エルネスティーネ、ショパン、パガニーニも姿を見せる。そこに友人が現れる。パンタロンとコロンビーナが現れて、カーナヴァルの風景が戻ってくる。愛の告白、恋人たちがさまよい歩く。音楽の保守派フィリスティンと革新派ダヴィド同盟の闘いと勝利。ポーランドのヴァイオリニスト、リピンスキーに献呈。

 ケンプの温かみ溢れる音色と歌心。それがシューマンの音楽の本質である。演奏のみならず、現在ブライトコップ・ウント・ヘルテルから出ているクラーラの版にも筆を加えている。ケンプが校訂に当たったクラーラの版もシューマン演奏の指針になるため、シューマンを手掛ける場合、必須だろう。