伊藤恵 シューマニア―ナ 1

 小林五月と共にシューマン演奏では定評ある伊藤恵によるシューマニア―ナ、第1作はクライスレリアーナ、Op.16、幻想小曲集、Op.12、3つの幻想小曲集、Op.111を聴く。

 シューマンの傑作、クライスレリアーナではクラーラ・ヴィークへの熱い思いを胸に、E.T.A.ホフマンの未完の小説「楽長クライスラーと牡猫ムルの人生観」をシューマン自身にたとえ、奔放さ、狂気に閉ざされた死を描いている。ホフマンは音楽家、小説家、プロイセンの官吏でもあり、多才な人物であった。シューマンはホフマンに惹かれ、「ドーデとドガレッサ」のオペラ化も考えていた。ホフマンは1822年、46歳でこの世を去った。シューマンも狂気に閉ざされ、ホフマンと同じく46歳でこの世を去っていることは奇縁ではないか。ホフマンはクライスラーが狂死するように構想を練っていたにせよ、シューマンはそのことを読み取り、第8曲を再弱音で消え去るように締めくくったことも偶然ではなかろうか。

 幻想小曲集、Op.12もホフマン「カロの手法による幻想曲」を基にしている。ここには、クラーラとの結婚が実現しない心の焦り、気まぐれ、ユーモアの中にも苦悩がやってくる。クラーラの父、フリードリッヒ・ヴィークがシューマンとの結婚に頑強に反対した一番の理由は、酒とタバコだった。ライプツィッヒ中の酒場をのみ歩いたり、寝タバコから命を落とすようなこともあった。そうした生活態度を改め、結婚して家庭を持つことの厳しさ、重さを感じてほしかっただろう。シューマンがヴィークの厳しい忠告にも耳を貸そうとせず、結婚を望んだとて、本当に幸せな家庭を築けないだろう。ヴィークはそう見ていた。

 3つの幻想小曲集、Op.111はハ短調-変イ長調-ハ短調、切れ目なく演奏されるようになっている。クラーラを妻に迎え、8人の子どもに恵まれたとはいえ、幼くして亡くなった長男エミール、一生の大半を精神病院で送った次男ルートヴィッヒ、銀行員になり、結婚して子どもに恵まれたものの普仏戦争に従軍、その際に負傷、治療のために与えられたモルヒネがもとで中毒になって世を去った三男フェルディナント、父の顔も知らずに育ち、詩才に恵まれたものの肺結核で夭折した四男フェリックスを始めとした男の子たちの悲しい運命、生涯母に寄りそった長女マリー、幸せな結婚生活を送った次女エリーゼ、ブラームスが密かに愛したもののイタリア貴族と結婚、肺結核で世を去った三女ユーリエ、プロイセン王立音楽大学でブラームスなどに学び、演奏家としても成功を収めた四女オイゲニーを始めとした女の子たちの自立心には目をみはるものがある。

 この作品では、第1曲の激しい曲想は注目すべき傾向がある。ブラームス後期のピアノ作品を思わせる重厚さが見られる。作曲は1850年、3年後、1853年9月30日、ブラームスはシューマン家を訪ねたものの、シューマンに会うことができず、10月1日、両者は対面、シューマンはブラームスの自作を聴き、真の新しさを読み取った挙句、「新しき道」でブラームスを楽壇に送り出す。あたかもブラームスの出現を予言したかのようである。

 伊藤が第1作を出したのが1987年、それから31年経った今でもその演奏は色あせない。クライスレリアーナ、ショパン、24の前奏曲による新録音がある。こちらも聴きたい。19世紀ロマン主義を代表する作曲家、シューマンの音楽の本質を伝えた演奏として、その名を残すだろう。