佐藤望 バロック音楽を考える

 慶應義塾大学教授、ドイツ・バロック音楽研究家、佐藤望が2015年、慶應義塾大学で行ったバロック音楽史の講義を基にまとめた著作は、従来のバロック音楽史観を打ち破った画期的な内容で、注目すべき一冊である。

 従来のバッハ中心的な音楽史観を完全に否定、バロック音楽と20世紀のロック音楽には感情表出の面では共通することを指摘した。これは、ジャズとバロック音楽の即興との共通点に匹敵する。

 また、音律・音組織・調律法に関する記述では、調律法によって不協和音と協和音との交代、変化を味わうことにより、バロック音楽本来の響きを味わうことが可能であり、地域による演奏ピッチがいくつもあったことが音楽の響きを豊かにしたことにも言及する。

 更に、女性作曲家、カストラートについて、ジェンダー・セクシャリティ面から考察、言及したことは画期的である。バロック・オペラ欠かせない存在だったカストラートが、日本の歌舞伎、宝塚歌劇をはじめ、21世紀のロック歌手、マイケル・ジャクソンに至るまで、男声・女性の枠を超えたニュートラルな存在だったという指摘は正鵠を得た表現だろう。

 バロック音楽のもう一つの本質が思索する音楽、キリスト教信仰としっかり結び着いた存在だったことにも言及、フィグーレンレーレ、アフェクインレーレからプレトーリウス、キルヒャー、マッテゾンに至る音楽論、音楽論争もバロックから古典主義へと至る過程を示している。

 バロック音楽の音楽史観、その本質を新しい視点から論じた画期的な一冊として、ご一読をお勧めしたい。

 

(音楽之友社 2000円+税)