第2次世界大戦直後の東京、音楽と文化

 NHKスペシャル「東京・戦後ゼロ年」は、1945年8月15日から1年間の東京を、戦後の復興がどのようにして始まったか、文化面での復興がどう進んだかをアメリカ軍などに保管されていた資料を基に取り上げた。

 アメリカ軍は劇場など、主要施設を接収、占領軍専用として、日本人の立ち入りを禁じた。東京宝塚劇場はアーニー・パイル劇場となり、占領軍専用となった。2013年7月6日、武蔵野音楽大学で行われた日本音楽学会、東日本支部定例研究会で、国際基督教大学大学院の竹島唯がアーニー・パイル劇場期に関する記録、資料研究を取り上げた発表がある。劇場の上演形態、日本人舞台芸術家たちの関わり、アーサー・サリヴァン「ミカド」上演がアメリカン・ミュージカルとして上演したこと、この上演を通じて占領軍とのつながりを深めた長門美保がアメリカン・スタイルを取り入れたオペラ上演を目指したこと、ミュージカルが戦後日本の新しい舞台芸術になると確信した帝国劇場社長、秦豊彦が作品シリーズ「帝劇ミュージカルズ」を発表、ミュージカル興隆の礎となった。

 日本音楽学会では5-7月にかけて、大学院修士課程を修了した若手研究家の修士論文発表が行われる。竹島の発表もその一つだった。ただ、内容の割には発表が不十分だったことが災いして、残念な結果になったことは否めない。

 それでも、占領期の日本の舞台音楽芸術の実態を明らかにした研究が出たことは大きい。第2世界大戦、戦争直後の日本の音楽文化に関する研究は始まったばかりである。音楽学校と学徒出陣、戦争直後の舞台音楽芸術に関する研究が出て来た今、今後、どのような研究が出て来るか注目したい。