音楽学校と学徒出陣

 8月のこの時期、テレビでは戦争に関する特集番組、ニュースが多くなる。1943年から始まった学徒出陣に関する調査が進んできている。音楽学校も学徒出陣によって、多くの音楽学生が戦地に赴いていった。音楽家たちも戦争に応召するようになった。無事復員して、戦後の日本の音楽界を支えていく人材となった人々がいる一方、戦争で命を落とした人々も少なくない。

 音楽学校での学徒出陣に関する研究・調査が始まり、2016年11月13日、名古屋、中京大学で行われた日本音楽学会、第67回全国大会では、東京音楽学校(現東京芸術大学)学徒出陣に関する発表があった。発表に当たった橋本久美子氏が、戦死した作曲科の学生4名の作品を取り上げたコンサートを開催したことがNHKおはよう日本、首都圏ネットワークで、戦後72年「戦没学生 よみがえる音色と思い」で取り上げられた。その一つに、日本を代表する作曲家の一人、草川信の息子、宏の歌曲「浦島太郎」がある。1940年に東京音楽学校に作曲家を志して入学するも、戦争の影が濃くなっていく。そんな中で書き上げた作品だった。

「これまでにない、新しい音楽を作り出そうとしていた。」

と語る弟の誠の言葉には、戦争に倒れた兄の無念が感じられる。草川宏は1944年、応召して1945年にフィリピンで戦死した。

 東京芸術大学に残った戦没学生の作品は30曲以上にのぼり、アーカイヴス化を目指し、インターネットで公開するという。他にも国立音楽大学、武蔵野音楽大学での学徒出陣の調査を行うとのことである。

 音楽学校でも学徒出陣に関する調査が始まっている。復員して戦後の音楽界を支えた人々もいれば、戦争に倒れた人々もいる。その中には、将来を期待された、素晴らしい逸材がいただろうし、無事復員できれば、戦後の音楽界で素晴らしい活躍ができただろう。改めて、戦争が音楽学生、音楽家の命をいかにして奪い、将来を潰したかを問い直し、平和な文化国家こそが音楽文化の源になることを改めて思い知る。