野平一郎 ピアノリサイタル

 ピアニスト、作曲家として幅広い活動を行っている野平一郎が、日本を代表する作曲家の一人、黛敏郎(1929-1997)の作品によるリサイタルをおこなった。(21日 東京オペラシティ リサイタルホール)

 プレ・コンサートとして、共演のトリプティーク弦楽四重奏団が「弦楽四重奏のためのプレリュード」(1961)を演奏、野平のリサイタルとなった。前半がバレエ「かぐや姫」から「金の枝の踊り」(1950)、12の前奏曲(1945-1946)、オール・デウーブル(1947)、

後半がプリペアード・ピアノと弦楽のための小品(1957)、映画「天地創造」より9曲(1966)、マルチ・ピアノのためのカンパノロジー(1966-1967)である。

 12の前奏曲は東京音楽学校入学時からの作品で、24の調性による前奏曲、ショパン、24の前奏曲への憧れがあっただろう。黛のモダニズムが明白な作品で、12曲で中絶したことは残念とはいえ、黛として十分だっただろうか。オール・デウーブルは1993年、日本音楽コンクールで優勝したピアニスト、秋山未佳が蘇演している。コンクール前、秋山が武蔵野市民文化会館小ホールで行ったリサイタルでこの作品を取り上げた。リサイタルを聴きに行くことをためらっていた時、日本音楽舞踊会議機関誌「音楽の世界」編集長だった助川敏弥先生から叱責された思い出がある。秋山はコンクールでも演奏、優勝を勝ち取った。金の枝の踊りと共に、黛のモダニズムの頂点だろう。

 1951年、黛はパリに留学したものの、「西洋から学ぶものはない」と言って半年で帰国した一方、三島由紀夫との出会いがあった。帰国後の作品、プリペアード・ピアノと弦楽のための小品はジョン・ケージの影響を受けた作品で、前衛音楽への挑戦の記録だろう。旧約聖書「創世記」によるアメリカ・イタリア合作の映画「天地創造」(1966)の音楽は、当初ストラヴィンスキーに依頼したものの、ストラヴィンスキーが断り、黛に白羽の矢が立った。

外国映画で日本の作曲家が音楽を手掛けたものとしては初めてだろう。この音楽から9曲をピアノ組曲版とした。オリジナルのスコアは未発見である。これも原曲のエッセンスをみごとに生かしている。マルチ・ピアノのためのカンパノロジーは、涅槃交響曲の延長線上にあるとみてよいだろう。黛の前衛性が窺い知れた。

 アンコールはモーツァルト、ピアノ・ソナタ第11番、K.331、第3楽章「トルコ行進曲」で野平が黛の子息、りんたろうと親友だった折、良く弾いていたという。黛はうるさがっていたとはいえ、野平が自分の作品によるリサイタルを開くとは思いもよらなかっただろう。

 黛の数少ないピアノ作品中、オール・デウーブルが秋山未佳が蘇演、コンクールで演奏して優勝した事例がある以上、12の前奏曲を取り上げて、リサイタル、コンクールでも取り上げてはいかがだろうか。1970年代~1997年の死に至る黛は保守派の論客となったことが災いして、作曲家として正当な評価が薄らいだことは残念である。そうした面も含め、今こそ黛敏郎を再評価することが必要ではなかろうか。

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コメント: 1
  • #1

    山田浩貴 (土曜日, 22 7月 2017 22:48)

    黛というとピアノ音楽というイメージはあまりないですね。でも、彼自身、ピアノが達者だったわけですから一番身近な楽器だったはず。

    YouTubeに「オール・デウーブル」(オードブルのことなのですね)の動画があったので聴いてみました。ジャジーで洒落ていますね。以前、ラジオで彼の「ジャズ風」の作品を聴いたことがありますが、本格的なジャズの音楽も書くことができたようですね。

    若い頃、「涅槃交響曲」のスコアを手に取って、いかに彼が才能豊かだったか思い知りました。彼は、私にとって日本の現代音楽を代表する作曲家であり続けるでしょう。