ハンス・ヨアヒム・ヒンリヒセン シューベルト

 「フランツ・シューベルトの誕生」の著者、堀朋平がハンス・ヨアヒム・ヒンリヒセンのシューベルトの評伝を翻訳、出版した。堀自身、2013年にこの書の翻訳を決意した。それが著書と共に新たなシューベルト像を明らかにしたといってよいだろう。

 シューベルトが生まれ育ったヴィーン、オーストリアの社会、ナポレオン戦争後のヴィーン体制がもたらしたビーダーマイアー文化、いわゆる「フォアメルツ(1848年の3月革命前)」の時代、友人たちのサークルといった背景から始まり、交響曲、室内楽曲、歌曲、オペラ、宗教音楽を取り上げ、創作上の危機となったベートーヴェンの存在を経て、後期の名作へと至る過程を描きだす。オペラ「アルフォンソとエストレッラ」、「フィエラブラス」上演過程、作品の再評価への道を示している。

 室内楽曲では1823年、イグナーツ・シュパンツィッヒが貴族の後援などから完全に独立したプロの弦楽四重奏団を決成、演奏活動を行うようになったことを背景に、シューベルトが新境地を開いたこと。交響曲では第7番、D.759「未完成」から第8番、D.944「グレート」への成熟、歌曲集「冬の旅」D.911でのメッテルニヒ体制の閉塞感、統一性への言及。トビアス・ハスリンガーが「白鳥の歌」D.857としてまとめた、6曲のハイネ歌曲が連作歌曲集として意図したこと、自作出版への意欲。新しいシューベルト像を示した好著だろう。

 仮に、シューベルトがハイネの詩による連作歌曲集を完成、出版していたら、シューマンが「リーダークライス」Op.24、傑作「詩人の恋」Op.48を作曲しても、どうだったか。音楽史を大きく変えただろう。その意味でも、堀による訳書出版は大きな意義があった。

 「フランツ・シューベルトの誕生」と共に、シューベルト研究に欠かせない好著が出たことを心から喜びたい。

 

(アルテス・パブリッシング 2200円+税)