日本の音楽教育のあり方はこれでいいか

 10日、桐朋学園大学調布キャンパスで行われた日本音楽学会、東日本支部第44回定例研究会で弘前大学大学院、小原光織「近現代の音楽から考える鑑賞教育の可能性」は日本の音楽教育のあり方を根本から考える大きな問題を提起した。

 音楽の時間における鑑賞教育は、クラシックの名曲を聴かせて感想などを書かせたりすること、感想などを語り合うことが中心で、多くの子どもたちは退屈、かつ苦痛だろう。その上、指導書を見ると、子どもたちはもとより教師も苦痛だろう。「音楽とはかくあるものだ」と教えるべしでは、本当の音楽の楽しさ、面白さに到達できない。

 鑑賞教材を見ると、クラシック中心で古典主義、ロマン主義偏重で、中世・ルネッサンス、バロック音楽、20世紀音楽は皆無に近い。これでは楽器、殊にピアノ・ヴァイオリンなどを習っている子どもたちはいいとしても、他の子どもたちは置き去りである。

 第一、今の学校教育で音楽の時間が本当に必要か。教師がピアノの前に坐り、子どもたちが歌を歌ったりハーモニカ、リコーダーを吹いたりするだけの内容なら、時代遅れの産物に過ぎない。それなら、地域のカルチャー・センター、コミュニティー・センターで楽器を習えるようなシステムにしたり、コーラス、バンド活動を進める方がかえって音楽への関心が高まるし、進んでコンサートへ行く子どもたちが増えてくるだろう。鑑賞教育という形でいやいやながら聴かされるよりいいと思う。

 小原自身、現職教員として鑑賞教育、ひいては日本の音楽教育のあり方への疑問から、かなり重い提言を行ったことを評価したい。もう、学校における音楽の授業から地域のカルチャー・センター、コミュニティー・センターにおける音楽教育への転換を考えるべき時期に来ている。その上、音楽大学の音楽教育学科のあり方も再考してはどうか。