日本ヴァーグナー協会 ヴァーグナーシュンポシオン 2016

 日本ヴァーグナー協会年刊「ヴァーグナーシュンポシオン」2016年は、高橋順一がテーオドール・ヴィーゼンルンド・アドルノ「ヴァーグナー試論」を取り上げ、ヴァーグナーにおける現代性を論じた「ヴァーグナーにおいて救済されるべきものとは何か」、沼野雄司が「5000ドルの行進曲――ヴァーグナー〈アメリカ独立100周年記念行進曲〉をめぐって」でヴァーグナーとアメリカ、アメリカのヴァーグナー受容史を論じ、大津聡訳によるヴォルフガング・ラートヘルト「ヴァーグナーと新音楽」はヴァーグナーから20世紀音楽への道を論じ、ヴァ―グナーから20世紀音楽への道、20世紀音楽への影響を見事に解き明かしている。

 この3つの論文はヴァーグナーから20世紀音楽への移行過程、アメリカにおけるヴァーグナー受容史研究には欠かせない好材料を提供している。ことに、ラートヘルトは音楽技法面からドビュッシー、ラヴェルにおける近代フランス音楽、シェーンベルク、ベルク、ヴェーベルンによる12音技法、カールハインツ・シュトックハウゼンに至る20世紀ドイツ音楽史を総括したものとしても貴重、かつ重要である。

 東京フィルハーモニー交響楽団首席フルート奏者、斎藤和志はオーケストラから見たヴァーグナー演奏の難しさを伝えていた。新井鷗子はテレビにおけるクラシック音楽の諸問題を取り上げ、ヴァ―グナーはもとより、クラシック音楽をテレビで伝えることがいかに難しいかを論じた。こちらも私たちにとって重い問いだろう。

 2015年のバイロイト音楽祭報告では、カタリーナ・ヴァーグナー演出による「トリスタンとイゾルデ」が救いようのない恋愛という解釈を打ち出したもので注目された。国内のヴァーグナー上演では、新国立劇場「さまよえるオランダ人」、「ラインの黄金」、東京・春・音楽祭「ヴァルキューレ」、読売日本交響楽団「トリスタンとイゾルデ」を取り上げている。新国立劇場、東京・春・音楽祭の上演が高い評価を得た。

 国内のヴァーグナー文献では、鈴木淳子がアルテス・パブリッシングから出版した、ヴァーグナーと反ユダヤ主義、ナチズムを取り上げた「ヴァーグナーの反ユダヤ思想とナチズム――『わが闘争』のテクストから見えてくるもの」の評価が高い。ヴァーグナーの反ユダヤ主義、ナチズムとの関係はフリーデリント、ヴォルフガングの長男、ゴットフリートも取り上げている。鈴木の研究は「ヴァーグナーと反ユダヤ主義」(こちらもアルテス・パブリッシング)に続くもので、この2冊はヴァーグナーはもとより、ドイツ近現代史研究には欠かせないだろう。海外のものではヴァーグナー書簡集、グンター・ブラーム「同時代の写真に映されたリヒャルト・ヴァーグナー」、ヨッヘン・ヘーリッシュ「女の与える歓びと値打ちーーリヒャルト・ヴァーグナーによる理論の劇場」、ヘンレク・ニーベロング「ヴァーグナーの劇作品におけるセックスとアンチセックス」を取り上げている。いずれ、日本語版が出ることを期待する。

 ヴァーグナーのみならず音楽史上の諸問題、日本のクラシック音楽が抱える問題を捉え、考察する一つの手引きとなるだろう。

 

(東海大学出版部 2900円+税)