ラルス・フォークト、クリスティアン・テツラフ ブラームス ヴァイオリン・ソナタ Op.78, Op.100,Op.108 F.A.Eソナタよりスケルツォ

 ラルス・フォークト、クリスティアン・テツラフによるブラームス、ヴァイオリン・ソナタ全3曲、F.A.Eソナタよりスケルツォを聴く。

 Op.78はペルチャッハで作曲、歌曲「雨の歌」Op.59-3に基づき、シューマンの四男フェリックスを喪ったクラーラへの哀悼、慰めが漂う。第1楽章の歌心、抒情性もさることながら、フェリックスの面影が映る。ちなみに、ブラームスはフェリックスの詩に歌曲「緑の恋」、「ニワトコにさす夕日」、「うち沈んで」を残し、オマージュとしている。第2楽章は悲しみに沈むクラーラへの思いがにじみ出ている。暖かみに溢れる主部、悲しみがにじみ出ている中間部との対比が鮮明である。第3楽章はフェリックスへの哀悼として、「雨の歌」を引用し、肺結核で24歳の生涯を閉じたこの青年にも楽しい幼年期があっただろうと思いにふけるブラームスがいる。歌曲の伴奏音型を用いている。コーダは長調に転じ、フェリックスの魂が神の許で平安を得るように祈るかの如く締めくくる。

 Op.100はトゥーンで作曲、円熟期のブラームスの伸びやかさを伝える。それがスイスの風光明媚な自然の印象と結合して、大きな世界を築いていく。第1楽章はピアノがヴァイオリンをリードしながら、のびのびと歌いあげる。それでも、ブラームス特有の力強さを秘めている。第2楽章はピアノ、ヴァイオリンがひそやか、かつ暖かく歌う。中間部はスケルツォ風、主部、スケルツォ風、主部、コーダはスケルツォ風な部分で力強く締めくくる。第3楽章は伸びやかであっても憂いを秘めている。それでも、すべてが一つに調和して終わる。

 Op.108は、Op.100に続いてトゥーンで作曲、第1楽章にはブラームスの孤独、寂しさが激しさの中に秘めた思いがヴァイオリンの音色から明白に伝わっていく。ピアノがブラームスの心境を描きだしている。諦めたように静かに結ばれる。第2楽章はほっとした安らぎの世界が広がる。ブラームスの心境そのものだろうか。第3楽章は再び暗い情感となる。秘めた情熱がヴァイオリンに歌われていく。第4楽章は激しい主部に始まり、抒情性も豊かとはいえ、暗い情念が中心的である。晩年の諦念も漂い、渋さも十分である。力強い締めくくりとなる。

 F.A.Eソナタはディートリッヒ、シューマン、ブラームスの合作によるもので、ヨアヒムに捧げられた。ブラームスはスケルツォを担当、大変精力的、かつ力強い主部、抒情性豊かなトリオとの対比がも見事である。シューマンは第2、第4楽章を担当、第1、第3楽章を足して、ヴァイオリン・ソナタ第3番とした。ブラームスはそうしなかった。ブラームスがヴァイオリン・ソナタを3曲作曲したことはシューマンの影響だろうか。

 フォークト、テツラフはシューマンのヴァイオリン・ソナタのCDも出している。ブラームスを聴く限り、円熟した素晴らしい内容の演奏で、じっくり聴きこんでいきたい1枚だろう。