日本音楽学会 第67回全国大会を終えて

 11月12日、13日の2日間にわたり名古屋、中京大学で開催となった日本音楽学会、第67回全国大会が終わった。今回、第2日目に研究発表「久野久子と兼常清佐、篤子夫妻――著作、書簡、日記から読み解く久野と兼常夫妻」を出し、無事に終えられた。

 第1日目ではリストの歌曲、レーガーの歌曲に関する研究、マーラーの交響曲第4番の自筆譜における修正の問題、ブラームスとシェーンベルクに関する発表があった。リストの歌曲には再評価が必要であり、レーガーの作品研究は立ち遅れていること。マーラーの交響曲第4番にはかなりの修正が加えられ、決定稿の問題にも頷かされた。ブラームスとシェーンベルクには、ブラームスこそ真に新しかったことを改めて感じた。リストのピアノ編曲には、ピアノを通じて様々な様式の音楽を体得させんとしたリストの真意があった。ヴォーリズ建築とピアノとの関連についても、日本のピアノ普及史再検証の必要性を痛感した。アメリカの音楽評論に関する研究では、アメリカのベートーヴェン受容史の重みを感じた。本格的ベートーヴェン伝を書いたアレクサンダー・ウィーロック・セイヤー、メイナード・ソロモン、ルイス・ロックウッドがアメリカ人であり、ドイツでは本格的ベートーヴェン伝が出なかったことをどう考えるか。これは重い研究であった。

 第2日目では昭和初期に設置された東京音楽学校作曲科、創設時のことについての研究には昭和初期にようやく作曲科が設置された経緯、草創期の事情がわかって来た。戦争による学徒動員が東京音楽学校にもおよび、将来を期待された人材が戦争で命を失ったことが大きな損失になったことを考えさせられた。

 ドビュッシーがデュラン社からショパン全集校訂を依頼され、ドビュッシーがつけた指使いに関する考察はドビュッシーの音楽への一つのカギになることを実感した。パリ音楽院教授だったヅィメルマンの音楽蔵書、19世紀フランスの音楽事情に関する研究は、この時代のフランス音楽事情再検証として貴重だった。サン=サーンスが日本に強い関心があったことは、サン=サーンスが日本文化、近代日本をどう捉えたかを明らかにした。フローベルガー研究に関するものには、ドイツ・バロック音楽研究の問題を改めて感じた。バッハ、平均律クラヴィーア曲集第1巻のメタファーについては、ヨーロッパの本質を改めて考えさせられた。

 最後に、「久野久子と兼常清佐、篤子夫妻」については、日本の有力音楽評論家の言説の信憑性を改めて問うことが真の近現代日本音楽史確立への道であることを感じ、来年に向けての課題としたい。