リリー・クラウス ピアノリサイタル シューベルト・プログラム

 イングリット・ヘブラーと共にモーツァルト弾きとして名声を博したリリー・クラウス(1903-1986)が1967年6月14日、東京文化会館で行ったシューベルト・プログラム、ライヴ録音。これはNHKアーカイヴに残っていたものをCD化したもので、今でもその輝きを失っていない貴重な記録である。(キング KKC-2074/75 2枚組)

 まず、即興曲、D.899。第1曲のしっかりしたまとまり、第2曲の軽やかな流れ、第3番のしっとりと心にしみる歌いまわし、第4曲の玉を転がすような流れと響き、中間部の深い悲しみを称えた歌との対比が見事。時折ミスもある。それはクラウスの暖かい音楽には何の影響もない。

 楽興の時、D.780から第1曲、第2曲、第3曲。第1曲の流れるような抒情性としっとりした歌、第2曲の深い歌と悲しみとの対比、第3曲の悲しみとユーモア、歌心が素晴らしい。

 高雅なワルツ、D.969。ヴィーン情緒が香る名演。古き良きヴィーンの情景が伝わって来る。シューベルトの抒情性も十分である。

 ソナタ、D.959。第1楽章の力強さと抒情性の調和。シューベルト最後のソナタの一つに相応しい。クラウスのテンポは速めで、提示部を繰り返している。時折ミスも見られるとはいえ、ライヴの場合致し方ないだろう。第2楽章の絶望感溢れる主部、ドラマトゥルギーに満ちた中間部との対比が見事で、地獄に落ちるかのような迫力が素晴らしい。第3楽章スケルツォ主部の軽やかさとヴィーン情緒の調和、トリオの素晴らしい歌。聴き手を惹きつけていく。おやっと思わせる箇所があっても、見事な音楽である。第4楽章ロンドのスケールの大きさ、歌心も忘れていない。コーダも見事で、堂々と締めくくった。

 アンコールはモーツァルト、ソナタK.331から第3楽章、トルコ行進曲。バルトーク、ルーマニア民族舞曲。シューベルト、グラーツのギャロップ、D.925。リサイタルの余韻が聴き取れる。

 ヘブラーにもシューベルト作品集の7枚組CDがあり、シューベルト弾きとしてのヘブラー再評価に繋がる素晴らしい演奏だった。クラウスのこのリサイタルで、シューベルト弾きとしてのクラウス再評価への道を開くきっかけになることを祈りたい。